サヘル・ローズとは、ペルシャ語で「砂漠に咲くバラ」という意味だという。砂漠に咲くはずがないバラの名前をあえて養女つけた母は、娘を「特別な子」と呼ぶ。イラン・イラク戦争の戦禍からサヘル・ローズさんの命を救い、のちに養母となったフローラさんへの、これまで語ったことのない「特別な想い」とは――。

ジグゾーパズルの全ての絵柄は埋まらない

会った瞬間、柔らかな笑顔が真っ直ぐに飛び込んできた。何も飾らず、ありのまま、他者と向き合う女性が目の前にいる。愛をたたえた潤んだ瞳に、一瞬にして心が射抜かれた。

サヘル・ローズさん、39歳。テレビですっかりお馴染みの俳優であり、コメンテーターであり、今年は映画監督デビューも果たした。今や日本のメディアでマルチに活躍するサヘルさんだが、その生まれは、遠く中東、イランだ。

サヘル・ローズさん
撮影=増田岳二
母について、これまで語ったことのない「特別な想い」を語るサヘル・ローズさん。

サヘルさんはイラン・イラク戦争下の1985年、イラン南西部の港湾都市で生を受けたとされる。出生にまつわる事実を断定できないのは、これらの事実は全て後付け的にわかったことだからだ。4歳から7歳まで、孤児院(日本でいう児童養護施設)で育つが、4歳以前の過去が判然としない。

「自分の“根っこ”のところが結局、わからないのです。戦争のさなか、産みの親がどういう経緯で私を施設に預けたのか、捨てたのか。その手がかりって、施設の誰かが話した記憶でしかなく、その誰かの言葉をもとに、自分の中で勝手に物語を作ってしまった時期があって、どこからどこまでが架空のもので、どこからどこまでがリアルなのかがわからない。だから、わからない中で想像するしかできないんです、自分の人生の始まりを。事実には、辿り着けない」

きっぱりと言い切り、唇を噛む。豊かな語彙で淡々と、自らの“始まり”を語るサヘルさんの口調は穏やかで、どこまでも冷静だ。ふと、くっきりと強い光を放つ瞳が一瞬、潤んだように思えた。

「この4歳というのも、背丈や使っている単語のバランスから、多分、4歳だろうと判断されたのだと思います。大人になってイランに戻って記録を見たら、乳児院から施設に入っていました。つまり、4歳より前から施設にいたのです。自分の家族というものについて記憶はないのですが、脳内には微かに面影はあって、お父さんだと思われる男性の影はあるんです。でも、女性の像がない。お母さんという人のイメージはどんなに頑張っても、影すらない。確かにピースみたいな記憶の断片はあるのですが、このジグソーパズルでは、全ての絵柄は埋まらない。埋まらないのはわかるけど、それでも、私はここに蓋をしようとは思ってないなって。私は一生懸命、探しています」