「風水」はどのように入り込んだか
最後に補助線をもう一つ引きたいと考えています。舛田光洋さんの『夢をかなえる「そうじ力」』では大々的に、やましたひでこさんの『新・片づけ術 断捨離』ではごく簡単に、人智を超えた存在と掃除・片づけの関係が言及されていました。舛田さんに関しては『脳内革命』や船井幸雄さんとの関連を推測することができるのですが、やましたひでこさんという女性の手になる片づけ論と、人智を超えた、つまり「スピリチュアル」なものとの関係には、別の文脈があるようにどうしても思います。
私が考えているのは「風水」です。テレビや雑誌で、しばしば風水に関するコーナーや記事をみることがありますよね。それらのコーナー・記事では「風水とは…」といった注釈が特になされることもなく、風水的にはこのインテリア配置は云々、と語られているように思います。つまり風水はもはや注釈の必要がないという程度には、私たちの生活の一風景となっているわけです。この風水のなかに、掃除や収納に関する言及が徐々に入り込んでくるようになるプロセスを以下ではみていきます。
さて、風水というものは、いつからこの日本で定着したと思われるでしょうか。これは意外にかなり最近のことです。もちろん、風水は大陸にルーツがあるもので、その歴史は非常に長いものがありますが、それが日本で、読者が自分で利用できるようなかたちで紹介されるようになったのは1993年から1994年のことです。
1993年、風水という言葉を冠する(「風水害」は除く)、国内初の書籍が刊行されます。仙術、奇門遁甲、占術、般若心経、法華経、前世等についての著作を1970年代以来手がけてきた田口真堂さんによる、『願いがかなう気学風水入門——愛、財産、健康が自由自在・中国4000年の奥儀を初公開!』です。翌1994年には、小林祥晃さんの『風水パワーで大開運——食事からインテリアまで何でも使ってツキを呼ぶ』が続きます。このうち田口さんのものは、「気学風水とは?」という章から始まり、自分の本命星を知る、方位盤の読み方を知る等の解説が半分ほどをしめる、まさに風水を学ぶための入門書という性格の著作でした。これに対して小林さんの著作は、タイトルにもあるように、インテリアの配置についてあれはよくないこれはよくないと、微に入り細にわたって実用的な話を重ねていくというものです。どうやら後者、小林さんのほうに、風水と掃除・片づけを結びつける系脈がありそうです。
小林さんはドクター・コパという愛称の方がおそらく有名でしょう。彼はテレビの風水に関するコーナー、雑誌の風水に関する記事でも必ずといってもいいほど出てくる、「風水タレント」の第一人者であり、また実際に非常に精力的に風水に関する言論を発しています。彼のホームページの「書籍一覧」には、彼がこれまで刊行してきた、実に572冊もの著作がリスト化されています(2013年4月5日時点)。この小林さんの言論を追っていくことで、風水と掃除・片づけが結びつくプロセスの一端を推し量ることができると私は考えます。
小林さんは当初、家相学を自らの「売り」としていました。家相学には風水と同様、非常に長い歴史がありますが、基本的には家の間取りと方位を考えようとするものです。1970年代、北竜子『あなたに幸せをもたらす絵で見る家相』(1970)、多田花外『幸福を呼ぶ家相』(1976)といった、家相と幸福に関する著作が刊行されていましたが、これは間取りと運勢の関係を述べるもので、そこに何を置くか、どう住まうかということは問題にされていませんでした。小林さんも処女作である1986年の『楽しく自分を活かす住まいの東西南北——中国3000年の歴史が証明した家相運』以来、しばらくはこの家相学を使える一級建築士、という立場で著作を刊行していました。
1991年、『驚異のインテリア・パワ——こんな家具・インテリアがあなたのツキを奪う』という著作が刊行され、小林さんはインテリアの置き方に言及し始めます。しかし掃除や収納についてはまだ何も言及がありません。そしてまだ風水の話もしていません。1993年、『小林祥晃の家相わが家の秘伝集——住まいのパワーで運をつかむ』では、掃除に関する言及が以下のように出てくるのですが、ほこりは喘息の原因となるためよくないのだ、という非常に単純な観点から語られていました。
「棚はよほどこまめに掃除をしないかぎり、ほこりのたまり場になってしまいます。その部屋で生活していると、ほこりが風に舞って落ちてきて、呼吸するうち体内に入ってしまいます。ほこりは体に悪く、気管支などを傷める悪玉です。ダニなどの発生源にも、喘息の原因にもなります。棚をつけると病人が出て、家が栄えないというのは、こうした理由からなのです」(52-53p)
ただ、その一方で同書では「鬼門をとにかくきれいにすることです。(中略)明るく清潔にすることで、その凶作用はある程度防げます」(79p)ともあり、掃除と運勢の関係が論じられ始めてもいます。しかし先の引用における単純さを考えると、小林さんのなかでは掃除にまだ特段の意味を持たせていないことが伺えます。
1994年の『風水パワーで大開運』、つまり小林さんが風水という言葉を使い始めてから、掃除に関する言及が一貫性をもってなされ始めます。同書では「風通しが悪く、部屋が汚いと運気は下降します。まずは、部屋を掃除し照明を明るくしてください」(100p)として、掃除と運気との関係が述べられています。1994年の『ツキを鍛える風水術』では、「風水では、汚れたものには運がドロップする」(52p)として、特段これ以上の説明はされないのですが、風水の考え方からすると汚れはよくないという説明がなされるようになります。
1996年の『Dr.コパの風水「超」収納塾——陰宅パワーで幸せをつかめ』ではついに収納に手が伸ばされ、収納の仕方によって幸運になるという見方が示されるようになります。そして同書でも「そもそも、風水とは汚れを嫌うもの」(44p)という立場がとられ、具体的には次のように収納・掃除と幸運の関係が論じられます。
「ラッキーゾーンが汚れていたり、ゴミが落ちていたりすると家の運気が落ちる」(21p)
「キチンと片づいていて、ラッキーパワーを高めるようなアイテムがしまわれていれば、確実に住まいのパワーがアップします」(23p)
「仮に、部屋の北方位に押入れがあるとします。この場合、ホコリや汚れがなく、きれいに片づいていれば精神的に落ち着ける“気"が得られるはずです」(28p)
また同書では「ツキを呼ぶためにモノを捨てる、運を開くためにモノを残す」(144p)という主張もなされています。小林さんの著作すべてを紐解くのは不可能に近いのでここまでとしますが、掃除や収納に、気(舛田さんでいえばエネルギー)という観点からの解釈がかぶせられ、また開運・幸せと掃除・収納が結びつけられるようになるという変化が1990年代中頃には既に観察できるのです。こうした世界観をもつ風水が、注釈なしにテレビや雑誌で扱われるようになった状況を考えれば、掃除や片づけによってエネルギーが云々、という物言いが出てくるのはそう驚くことではないと思いませんか。そして、それがベストセラーとなるということも。
さて、長い探求を続けてきましたが、近年の掃除・片づけ本の構成要素について、その先行する系譜を色々とみてきました。次週はこれらを踏まえて、近年のベストセラーの何が新しいのかとともに、そこから見えてくる現代社会とは何かを考えてみたいと思います。
『出したらしまえない人へ』
荒井 有里/主婦の友インフォス情報社/2004年
『小林祥晃の家相わが家の秘伝集』
小林 祥晃/廣済堂出版/1993年
『ツキを鍛える風水術』
小林 祥晃/マガジンハウス/1994年
『Dr.コパの風水「超」収納塾』
小林 祥晃/経済界/1996年
『だから片づかない。なのに時間がない。』
マリリン・ポール/ダイヤモンド社/2004年
『絵で見る家相』
北 竜子/国際興産株式会社出版局/1970年
『幸福を呼ぶ家相』
多田 花外/住宅新報社/1974年
『楽しく自分を活かす住まいの東西南北』
小林 祥晃/ハート出版/1987年
『驚異のインテリア・パワー』
小林 祥晃/廣済堂出版/1991年
『願いがかなう気学風水入門』
田口 真堂/永岡書店/1993年
『今すぐできる「捨て方」速攻テクニック』
捨て方技術研究会/ワニブックス/2000年
『「捨てる!」コツのコツ』
阿部 絢子/ワニ文庫/2000年
『「収納」するより「捨て」なさい』
スクラップレス21/ぶんか社/2000年
『片づけられない女たち』
サリ・ソルデン/WAVE出版/2000年
『片づかない!見つからない!間に合わない!』
リン・ワイス/WAVE出版/2001年