「捨てる」という発見
管見の限りでは、捨てることに注目した書籍の事始めは、1999年の経済学者・野口悠紀雄さんによる『「超」整理法3 とりあえず捨てる技術』ではないかと考えられます。とはいえ、同書で書かれていることは、情報の整理を目的とした、仕事関係の書類を捨てる技術でした。世に情報整理に関する著作は溢れており、同様のことは既に語られていたと考えられますが、それを「捨てる」という言葉で表現したところが新しい試みでした。
翌年、辰巳さんの著作が刊行されますが、辰巳さんは野口さんが「衣服や家具などの整理と廃棄」についての「要・不要の判定は容易だから、『捨てるためのノウハウ』は、格別必要ない」(『「超」整理法3』19p)として情報整理に焦点を絞ったことに疑問を呈しています。そんなに容易であるのなら、「家庭のなかはこれほどモノで溢れるはずはない」、と。辰巳さんは、「仕事を神聖視」する野口さんを批判的にみて、「モノを捨てる技術は、どこかのジャンルに限ったものではない。生き方、とまでいえる姿勢なのだ」と述べます(『「捨てる!」技術』76-77p)。
辰巳さんが説く捨てる技術とは、どのようなものでしょうか。まず示されるのは、捨てるということへの発想の転換です。モノを捨てるということには、「もったいない」という「後ろめたいような気分」が伴うものだった。一方で、次々と新商品が登場し続ける世の中に背を向けるというのも「あまりにさみしい」。そうであれば、「“捨てる”ことを肯定」し、そのなかで「モノの価値を検討」することで、「暮らしそのものを管理していく」のはどうだろうか、と(3-7p)。これを辰巳さんは「新しい美徳」の創造だとまで述べています(26p)。このような「もったいない」という美徳からの離脱は、小松易さん、近藤麻理恵さん、やましたひでこさんのいずれもが語っていることでもありました。
このように、近年の片づけ本のルーツといえる発想が辰巳さんにはあるのですが、捨てることで自分が変わる、人生が変わるといったことが大々的に主張されるわけではありません。同書の基本的な性格は、タイトルが示すとおり技術論でした。具体的には、とりあえずとっておこう、いつか使うから、誰かが使うかも、思い出や記念のモノだからといった、捨てることの妨げになる考えを取り払うための技術と、一定期間使わなければ捨てる、一定量を超えたら捨てるといった、積極的に捨てていくための技術が示されているという著作でした。
辰巳さんの著作の刊行は2000年4月でしたが、同書のヒットを受けてか、2000年後半には「捨てる」ことをテーマとした著作が次々と刊行されます。阿部絢子『「捨てる!」コツのコツ』、捨て方技術研究会『今すぐできる「捨て方」速攻テクニック』、スクラップレス21『「収納」するより「捨て」なさい』、等々。前回紹介した飯田久恵さんも、2001年に『「捨てる!」快適生活』という著作を刊行しています。これらの著作の内容はほぼ辰巳さんと同様のものですが、いずれにせよ、掃除でも収納でもなく捨てる(片づける)ことを重視する発想は、この時期から広がっていったのだと考えられます。