「猫いらず」を飲めば楽になれる

子どもたちのためには、ここにいるのが一番いいと思っていたし、ここしかいられる家がありませんでした。でも、そんな毎日に息が詰まり、悲しく、心細く、わたしはだんだん追い詰められて、自分を見失ってしまいました。

その果てにわたしは、悪い考えを起こしました。「親子3人で死のう。お父ちゃんのところに行こう」。思いついたのは、ネズミ取りの薬「猫いらず」です。当時、「猫いらず」を飲んで自殺した人の話を聞いたことがありました。大変な猛毒だそうです。あれなら手に入れることができる、死ねる、そう思いました。

赤い薬のカプセルピルを持っている手
写真=iStock.com/Octavian Lazar
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まったく浅はかなことでしたけれど、あのときのわたしは「もう、それしかない」と思い込んでいて、ほかの考えが浮かばないほどだったんです。頼れる父はいない、やさしい母も死んでしまった、夫ももう帰ってこない。後ろ盾がなくなり、これからわたしはどうやってこの子たちを育てていけばいいのか。

あの、なんというか、夫の遺骨としてなんの説明もなく板切れを渡してきたこの国、世の中の誰ひとり信じられないような気持ちになって、子どもを抱えてどう生きていったらいいのかわからなくなってしまったんです。

「お母ちゃんと一緒なら、いいよ」

はじめはわたしひとりで死んでしまおうとも思ったんですけれども、残された子どもたちが不憫です。それで、娘の充子に聞きました。「もう、お父ちゃんを待つこともなくなったし、お母ちゃん、疲れちゃった。お母ちゃんと一緒にお父ちゃんのところに行こうか?」。そうしたら充子はすぐに答えてくれました。

「うん、いいよ。お母ちゃんと一緒なら、いいよ」って。そこで覚悟が決まりました、息子が帰ってきたら、3人で「猫いらず」を飲んで心中しよう。

「急用ができたから、息子をすぐに帰してください」と小学校に連絡し、家じゅうの雨戸を閉めて、息子の帰りを待ちました。息子は「どこかに急用ができて、留守番か何かのために帰されたのかな」くらいの気持ちで下校したみたいですけれど、帰ってみると、雨戸を閉めきって、真っ暗な部屋の中にただならない感じのわたしがいて、とても驚いていました。

息子にも、「みんなでお父ちゃんのところに行こう。みっちゃんは一緒に行くって言ってくれたよ。だから、英ちゃんもこれ飲んで。3人で死のう」と言いました。そうしたら「やだー! 俺は死にたくねぇ! 絶対やだー!」と大声で叫んで、泣きながら飛び出していってしまいました。

息子は、わたしの甥っ子である本家の長男に、「お母ちゃんが死のうとしている!」と助けを求め、甥っ子と2人で、充子とわたしが「猫いらず」を飲もうとしているところを止めてくれて、親子3人は一命をとりとめたのです。