もしかしたら、どこかで生きているんじゃないか

でも、参列してくれている身内もいるし、騒ぎ立てるわけにもいかず、納得できないまま、板が1枚入った遺骨箱をそのまま埋葬しました。板切れに夫の魂が込められているとでもいうのでしょうか……。なんの説明もありませんでしたからね。「箱石二郎さんのご遺骨です」と渡されたのが板切れ1枚です。誰がどう決めてこうなったんでしょうか。当時、うちだけじゃなく、たくさんの家に板切れが届けられたのでしょうね。馬鹿にしてますね。夫が死んだのは「1945年8月19日」となっています。それが本当ならば、終戦の4日後ということになりますよね。死ななくてよかったんじゃないでしょうかね。

敗戦が決まったあとでも、中国などアジアの山奥にいた兵隊さんたちの中には、日本が降伏したということを知らされてなかったり、聞いても信じなかった人がいたそうです。戦後80年近く経って帰国した横井庄一さんや小野田寛郎さんのような方もいらっしゃったんですから。

夫の葬儀から71年経ちましたけど、ずっと心の中に引っかかっています。「本当に、あの板切れはなんだったのかな……」。今でもふと考えるときがあります。答えは出ないんですけどね。だからでしょうかね、夫の戦死をなんとなく完全に受け入れられてないというか。