しかし、これらは間違った認識です。人間といえども動物の1種。「フィメールチョイス」の本能は私たちの根底にも残っています。肉体だけでなく強い精神的つながりを持つ真実の愛は、男性が求愛のためのアピールをし、女性がそれらを見てチョイスするという構図によって確立されているのです。みなさんも気をつけて周囲を見渡せば、実際にそのような場に遭遇しているはずです。

(PIXTA=写真)

男は選ばれようとし、女は選ぼうとする。恋愛におけるこの大前提は、むしろ子ども時代を思い返すほうがわかりやすいかもしれません。小学生の頃、男子は気になる女子にアピールしたいあまりに愚かな行動をとったり、意中の女子にちょっかいを出したりしていましたよね。そんな男子は、非常に不器用ではありますが、自らをプレゼンして少しでも女子の気を引こう。選ばれようとしているのです。一方、それに対する女子は、そんな男子たちを冷静な目で観察しています。

「○○くんって馬鹿っぽいよね」「それに比べて△△くんってかっこいいよね」と女子同士で品定めをし、誰を選ぼうかと考えているわけです。「好き」というその気持ちがピュアであればあるほど、男はがむしゃらに口説いていくのではなく、選ばれようと自分を飾り、プレゼンテーションしていくもの。そして女子は、そんな男子に関する情報を収集しようと動きはじめるのです。その意味では大人になってからよりも、小学校時代の恋のほうが、本来あるべき生物の恋愛の形としてはピュアなのかもしれません。

不倫をするなら、よく喋る女を狙え

このような前提から見ていくと、どのような女性となら、あるいは男性となら真実の愛が構築できるかが見えてきます。例えば過度に露出度の高い服を着たり、男性への身体接触を試みたり、自分の話ばかりをする女性がいるとしましょう。このように女性のほうが積極的になっているのは、本当の恋ではない証拠。露出度の高い服を着るという行為は、自分が選ばれるために複数の男性の前で求愛活動をしているわけですから、本来の「フィメールチョイス」とは逆の方向へ走っているのです。