企業が競うように実施している初任給引き上げの大盤振る舞いだが、そのしわ寄せを誰が引き受けるのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「40、50代だけではなく、30歳前後以降の社員にも影響が出る可能性が高い。また、人事評価制度が変更され、同期でも給与は天と地になるケースが増えそうだ」という――。

誰が初任給引き上げの大盤振る舞いのしわ寄せを引き受けるのか

春闘の賃上げを前に初任給引き上げを表明する企業が相次いでいる。その背景にあるのは言うまでもなく就活本番を迎える2026卒の学生へのアピールだ。

学生優位の売り手市場が続いているが、応募学生の母集団形成に苦労している企業が多く、初任給引き上げはその危機感の表れでもある。

初任給引き上げ競争が本格的に始まったのは2023年からだった。それまでは大企業・中小企業に関係なくほぼ一律の21万円程度だったが、23年から上昇する。

労務行政研究所の調査によると、2023年度の平均初任給額は22万6732円になり、24年度は5.4%アップの23万9078円と、ほぼ24万円に突入した(大学卒)。引き上げた企業の割合は86.8%であり、引き上げ競争が激しくなっている。

引き上げ率や金額で最も激しいのは銀行業界を中心とする大手企業だ。3大メガバンクの2022年4月の大卒初任給は同じ20万5000円だったが、23年4月に三井住友銀行が25万5000円に引き上げると、24年4月に三菱UFJ銀行が25万5000円、みずほ銀行が26万円に引き上げた。これで終わりと思いきや、三井住友銀行が2026年4月から30万円に引き上げると表明。メガバンクの引き上げ競争は加熱している。

一万円札を数える手元
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銀行だけではない。明治安田生命も2025年度から全国転勤のある採用枠を対象に現行の24万円から27万円に引き上げる。固定残業代を含めると29万5000円から33万2000円、転居転勤のない採用枠も固定残業代を含めて29万5000円になる。

証券業界でも大和証券グループが25年度から現行の29万円から30万円に引き上げることを表明し、岡三証券も25万円から30万円に引き上げる。

深刻な人手不足を抱える建設業でも西松建設が25年4月から30万円に引き上げ、24年4月に30万円に引き上げた長谷工コーポレーションに並ぶ。大和ハウス工業も今月20日、10万円アップの33万2000円に引き上げた。鹿島や大林組など大手ゼネコンも24年4月にそろって28万円に引き上げているが、当然、こうした動きに追随すると推測される。

小売業でも家電量販店のノジマが昨年10月に25年4月から30万円に引き上げると発表。ユニクロを運営するファーストリテイリングと並んだが、1月8日、ファーストリテイリングは33万円に引き上げると発表し、初任給引き上げ競争がエスカレートしている。

大手企業は2023年からわずか3年間で初任給30万円超の時代に突入し、それを同業他社や中堅・中小企業が必死に追いかけようとする消耗戦の様相を呈している。

それにしても30万円といえば、一昔前の30歳前後の給与に相当する。新入社員にとってはありがたいが、単に新卒の数十人、100人単位の初任給だけを引き上げればすむ話ではない。その上の先輩社員の給与も上げなければ当然不満が発生する。会社全体の賃金体系を見直す必要があるが、といっても10%超の初任給のアップ率と同じように先輩社員にも大盤振る舞いできる会社があるとは思えない。

そのしわ寄せを誰かが引き受けることになる。