老後資金を1500万円貯めながらの介護

81歳になった母親は2022年10月、有料老人ホームに入所。

「弟とは何となくかみ合わなくて、アテにするとイライラするので、頼みごとは私がインフルエンザで寝込んだ時の母の買い物、不動産屋との話し合い、母の施設への引っ越しの力仕事など、本当に困ったときだけにしていました。施設のことは、弟には成り行きを説明したくらいで、ほとんど1人で決めました」

増田さんが母親の介護をしていて最もつらいと思ったのは、通い介護を始めたばかりの頃、家族揃って旅行することができなくなってしまったことだった。

「特にまだ中学生だった次女には申し訳なかったなと思います。母が衰えていく様をまざまざと見せつけられたのもこたえました。同じことを何度も何度も聞かれ、それに答えるのは相当な忍耐力が要ります。イライラして、つい声を荒らげてしまったことは一度や二度ではありません。入浴する、病院に行く、私が自宅に帰るなどの時は、母の“助走の時間”が必要不可欠でした。その時間は母が納得するまで、20~30分ほど何度も同じ質問に答えなくてはなりません。“助走の時間”を遮ってしまうと、母は意固地になってしまいます。その時間はとても長く感じて、胃がキリキリと痛くなり、時々爆発してしまいました」

思春期の頃、増田さんが母親に何か相談すると、必ず否定され、過去のことを持ち出して責めてきて、反論すると言い争いになるため、避けるようになった。当時から関係が良くなかったが、それでも約9年間、車で片道2時間ほどの距離を通い続けた。

「もともとはあまり母と関わりたくなかったのですが、距離を置いたままの関係で終わらなかったのは良かったと思います。あとは母の介護をすることで出会ったケアマネさんをはじめ、医療関係者、介護従事者の方々が本当に良い方ばかりで、連帯感を持ちながらやってこれたのが楽しく良い思い出になりました」

夫はときどき車の運転をしてくれ、娘たちも家事をサポートしてくれたり、実家まで一緒に来て介護を手伝ってくれたりした。

「通い介護をするにあたり、母のための時間を確保しておくことと、その時間以上は無理して関わらないことを心がけました。例えば、母から電話がたくさんかかってきても出ないとか。母が思うように動いてくれなくて、病院の予約の時間に遅れそうでも、慌てることをやめました。病院は、事情を話せば遅れても診てもらえましたし、慌ててイライラしたり、車で事故に遭ったりしたら元も子もないですからね」

あえて自分の心にゆとりを持つように努めたのだ。

「私の場合は、母がわりと自分のことは自分でできたので、食事介助やトイレ介助などのいわゆる介護らしい介護はしなかったのですが、これから家族を介護するという人は、『こんなことを言うのは甘えすぎ?』『愚痴だから黙っておこう』などと思わず、自分に不調が起こる前にケアマネさんやヘルパーさんを素直に頼ってください。そのほうが相手も助けやすいようですよ」

パートで9時間働きながら、週に2〜3日も車で片道2時間ほどの距離を通い、2家庭分の家事をするのは精神的にも肉体的にも大変だ。増田さんは体調を崩し、パートを辞めるに至ったが、そうなる前に、レスパイトケアのためにショートステイや自費の介護サービスを利用するほか、弟に助けを求めてもよかったかもしれない。

「介護って『やってあげてる』という気持ちよりも、いつか自分もたどるかもしれない道筋を教えてもらっているような気持ちのほうが大きい。『こんなふうになっちゃうんだ』という驚きの連発で、『こんなふうにならないために』と、予防や備えについていろいろと考えさせられました。こうした経験は、自分の老後にいくらか活かせるのではないかと思っています」

増田さんは、母親から自身の生活費を銀行からおろしてくるよう頼まれるようになった2019年頃、初めて母親の年金額や貯金額を知る。その時、「自分の老後資金がまるで足らない」ことに気づき、愕然とした。

通帳を見て驚くシニア女性
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

「もともと死ぬまで働くつもりではありましたが、母が年金で生活している内訳を目の当たりにして、働けなくなった後も生きて行かなければならないんだと思い知りました。なので現在は、働けなくなるまでに1500万円貯めるという目標を立てて、在宅でインターネット関係の仕事をしながら節約をして頑張っています。できれば母のようにぎりぎりまで自宅で暮らしたいですが、子どもを煩わせたくないとは思います」

母親の有料老人ホームに払う料金は、介護度が増すほどに上がり、現在は年金では賄えず、母親の貯金を削っている。貯金がなくなったら、実家を売却したお金を母親の施設費用に充てるつもりだという。

現在母親は83歳。施設に入所した翌年3月に腰の圧迫骨折により要介護4になったが、増田さんは特養に移ることはまだ考えていないそうだ。

「今の慣れた場所でできるだけ穏やかに過ごしてくれればと思います。もっと認知症が進み、まったくわけがわからないような状態になったら、特養でもいいのかなと考えています」

筆者が多くの介護者を取材してきて大事だと思うことのひとつが、親の介護費用は、子どもが自腹を切ってはならないということ。もし親の年金や貯えでは不足する恐れがあるなら、躊躇なく(費用が比較的安い)特養入所を検討したほうがいい。なぜなら最近の特養は、設備も人員も有料老人ホームと遜色ないところも増えてきているからだ。

要介護4ならタイミングが合えば、1カ月も待たずに入れるケースもある。百聞は一見にしかずだ。親の年金や貯えが底をつきそうで戦々恐々としているなら、自身の自宅近くの特養をいくつか見学してみてほしい。

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