「実は台湾に金持ちの男がいて…」
「若くして男に騙され、シングルマザーになった。そして夜の街で働き始めたけど、コロナで閉店しちゃって。で、ここに流れ着いたの」
どこか人ごとのように自らを語る、その姿にツムギは惹かれた。休み時間には、トモさんに近づき、キャバクラ時代の話などを聞かせてもらった。自分とは無縁だと思いつつも、自分もそんな給料のいいところで働いてみたいなとも感じた。ただ、トモさんのように美人でもない自分がそんなところにいる姿は想像すらつかなかった。
トモさんもどういうわけかツムギのことを気にかけていた。ワイワイと群れて奔放な学生と違い、将来への展望をきっちり見据えている苦学生のツムギをほっておけなかった。幼な子を抱えるシングルマザーだったからかもしれない。
アルバイトを始めて半年ほどがたった2023年10月末、トモさんはいつものように、しかしあっけらかんとこんなことをツムギに向かって話した。
「実は台湾に金持ちの男がいて、ひと晩すごすと結構なカネをもらえるんだけど一緒に行く?」
ツムギはトモさんが一体何を言っているのか理解できなかった。ただ、憧れの海外、そして信頼するトモさん、話を聞いてみることにした。
「バイトが終わったら詳しく教えてください」
海外出稼ぎに抵抗がないはずはない
「実は、キャバクラで働いていたときのスカウトから、海外で男とすごすとそれなりのカネがもらえるって聞いて。それで、たまに台湾に行ってるんだ」
「ほかの子には絶対言わないでね」と念押しして話しだしたトモさん。ツムギには思い当たる節があった。確かにトモさんは4、5日連続でシフトに入らないことがあったのだ。子どもと過ごしているのだろうと思い、それ自体とくに気にも留めていなかったのだが。
「海外で男と過ごす、って何をするんですか」
「一緒にごはん食べて、同じホテルに泊まって朝まで過ごす。それだけだよ。当然、夜はエッチするんだけど……抵抗がないならどう?」
SNSでそういった女性を募っているのを何度も見かけたことがあったので、瞬時に海外出稼ぎだと理解できた。男性経験はなかったわけではないが、抵抗がないはずはない。果たして自分のような華のない女にカネを出す男がいるのか。