「メッシ」になるため、足技を磨く
知佐子は小学校入学直後の運動会でリレー選手に選ばれず、悔しがっている蹴の顔を覚えている。
サッカーにおいて絶対的な足の速さは武器となる。ただし、陸上の短距離走のような速さは必要ない。肝心なのは瞬発力と緩急だ。蹴が目標としたのは、FCバルセロナに所属していた、アルゼンチン代表のリオネル・メッシだった。
「試合中、メッシはのそのそ歩いているけれど、ボールが来たら、パッパッとドリブルして相手のディフェンダーを抜く。メッシになるために足技を磨くと。パーシモンの中でもリフティングの回数が一番ならば、足が遅くても(コーチから)認められるはずと考えたんです」
やがて蹴のリフティング回数は連続千回を超えた。
「1年生で3人ぐらいが、2年生と一緒に練習、試合に出られる制度があったんです。蹴はその3人に入ることができた」
2016年2月11日、蹴は2年生に混じって東京で行われた練習試合に出場している。異変が起きたのは、その翌朝のことだった――。
原因不明の激痛に痛み止めも効かず気絶
夜明け前、知佐子は蹴の泣き声で目が覚めた、時計を見るとまだ5時。蹴は布団の中でうつ伏せのままで左足を立て、「足が痛い」と左太腿の横を押さえていた。全身汗びっしょりで顔が真っ白だった。
まずはインフルエンザによる関節痛を疑った。風呂に入れると、咳き込み、嘔吐した。何かおかしい。近所の小児科の診療開始時間を待ち、すぐに運び込んだ。医師は原因は分からないと首を振った。誰か助けて、と蹴は身体をよじりながら叫び続けた。
そこで川崎市宮前区にある聖マリアンナ医科大学病院に連れて行くことになった。
「蹴の苦しんでいる姿を見たくなかった。痛みを抑える薬を早く打ってくださいと頼みました。しかし、医者は何かわからないのに痛み止めは打てないと言うんです。(午後)3時ぐらいに、ようやく痛み止めを打ってもらいました。
30分で効くという説明でした。30分経っても効かないので、蹴はパニックになったのか、約束と違うと大声で泣き、そのまま気を失ってしまった」