「子どもは未来しか見えないんです」

寛解とは、がんで良く使用される言葉で、症状が消失、検査上は腫瘍がみえなくなることだ。治癒とは違い、がんの細胞が体内のどこかに潜んでいるかもしれない。

このまま再発しなければいい、そう願っていた知佐子たちの願いは、翌2017年8月に砕け散った。骨に4ヵ所の再発が確認されたのだ。

2020年9月、第9胸椎への転移、足に麻痺が出始めた。サッカー選手を夢見ていた少年にとって足が動かなくなることは絶望だったろう。それでもまずは治療に専念する、中学生になったら卓球部に入り、高校からサッカーに戻るのだと蹴は自らを奮い立たせた。

「子どもは未来しか見ないんです」と知佐子は言う。しかし、CTスキャンで肺に小さな転移が映っていた。やがて蹴は支えなしでは歩けなくなった。

胸のX線画像をチェックする医師
写真=iStock.com/selimaksan
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最後の頼みは、CAR-T(カーティ)細胞療法だった。これは患者の体内からリンパ球のT細胞を取りだし、遺伝子医療の技術で改変し、CAR-T細胞とする。CARとは「キメラ抗原受容体」の略だ。CAR-T細胞を身体に入れると、がんを発見し攻撃する。

ただし、この治療は日本では認可されていない。調べてみるとアメリカのテキサス州ヒューストンのベイラー病院が治験を始めていた。2020年3月、渡米して治療を受ける手筈てはずを整えた。ところが、テキサス州で新型コロナウイルスの患者が急増し、渡航不可となった。

それでも諦めきれない知佐子たちは2021年1月、ベイラー病院に蹴の血液を送っている。3月にCAR-T細胞化に成功したという連絡が入った。しかし、このとき、肺の気管近くにがんが見つかった。この状態では治療を受けられないという。

5月14日から国立成育医療研究センターから自宅に戻っている。そして30日午前1時ごろ、家族に見守られながらこの世を去った。中学校入学直後、まだ12才だった。

アメリカのコンビニで売られている薬が日本では使えない

時計の針を少し戻す――。

国立成育医療研究センターに蹴が入院してすぐの頃だった。知佐子が蹴の病気をFacebookに投稿した。するとアメリカ人の友人がすぐに反応した。

「ロイという人で、息子のサミュエルが4才半で発病したと言うんです。サミュエルはGD2をしていた」

GD2は「ジシアロガンクリオシド」の略で、神経細胞などの表面の糖脂質を指す。神経芽腫の細胞にもGD2が存在している。

抗GD2抗体を体内に入れるとGD2と結合、ナチュラルキラー(NK)細胞やマクロファージが集まり、神経芽腫を退治するというメカニズムである。

「日本でも治験をやっていたんですが、受付は終わってしまっていた。GD2が認可されればそのときにやればいいからって(成育病院の)先生は言うんです」

また、アメリカでは神経芽腫の患者は再発予防のために『13-cis-レチノイン』(以下、レチノイン酸)という薬を服用していた。これはビタミンAの誘導体の一つで、がんの予防効果があるとされている。

「レチノイン酸はアメリカではコンビニでニキビの薬として売られているそうです。しかし、日本では販売されていないので個人輸入することになりました」

アメリカ、欧州で承認、使用されている薬品が日本では使えない――「ドラッグ・ラグ」である。