可能な治療法はすべて試してあげたかった

とりだい病院小児科で血液・腫瘍を専門とする奥野啓介は、神経芽腫に限らず小児がんのほとんどは症例が少ない『希少がん』であると評する。

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 増刊号』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 増刊号』

患者数が少なければ、費用対効果が低く、開発が進まない。「ラグ」(遅れ)だけでなく、日本国内での申請もされない「ドラッグ・ロス」も起きている。

「神経芽腫はドラッグ・ラグ、ロスが起こりやすい典型的ながんです。ぼくが医者になったばかりの頃、20数年前、レチノイン酸が出てきました。海外の論文を読むと10パーセントほど長期生存できるようになったと書かれていました」

奥野によればレチノイン酸には妊婦が服用した場合、胎児に影響がある恐れがあるという。「でも、神経芽腫にかかる子どもは妊婦ではない。困っている子どもに飲ませて何が悪いんだって昔から、そして今も思っています」と奥野は語気を強めた。

2021年6月、抗GD2抗体療法が日本で承認された。蹴がこの世を去った1カ月後のことだった。

注意しなければならないのは、レチノイン酸、GD2免疫療法共にすべての患者に効果があるとは言い切れないことだ。それでも現時点で可能な治療法はすべて試してあげたかったと知佐子は考えている。

「神経芽腫の患者は少ないかもしれない。でも私にとって蹴はオンリーワンでした」

知佐子は今、各所でドラッグ・ラグ、ロスの啓発活動をしている。自分のような悲しい思いをする患者や家族を一人でも減らしたい、からだ。

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