お城における天守の役割
たしかに天守は日本の城のシンボルだが、シンボルにすぎないともいえる。そもそも中世城郭に天守はなかった。近世城郭も防御上重要なのは、石垣や土塁、堀、それらと一体に構えられた櫓や多門、塀、門などだし、政務や居住のために重要なのは御殿だった。
城とは天守のことだと思っている人が少なからずいるが、近世城郭でも、天守が存在しなかった城は少なくない。そうはいってもシンボルはシンボル。店舗にたとえれば、業務上は支障がなくても看板は必要である。だから城をめぐる際、天守の有無を気にする人は多い。
有名なのが現存12天守である。明治維新の時点で全国に数十は存在した天守も、多くは無用の長物として解体されてしまった。
それでも戦前まで20棟が残っていたが、戦災で名古屋城(名古屋市中区)、岡山城(岡山県岡山市)、和歌山城(和歌山県和歌山市)、大垣城(岐阜県大垣市)、水戸城(茨城県水戸市)、広島城(広島市中区)、福山城(広島県福山市)の7棟が失われ、戦後の火災で松前城(北海道松前町)が焼失してしまった。
訪れるべき「復元天守」7選
結果、残ったのが12だった。北から弘前城(青森県弘前市)、松本城(長野県松本市)、犬山城(愛知県犬山市)、丸岡城(福井県坂井市)、彦根城(滋賀県彦根市)、姫路城(兵庫県姫路市)、松江城(島根県松江市)、備中松山城(岡山県高梁市)、丸亀城(香川県丸亀市)、松山城(愛媛県松山市)、宇和島城(愛媛県宇和島市)、高知城(高知県高知市)である。
備中松山城は山中に放置されて倒壊寸前まで朽ち、丸岡城は昭和23年(1948)の福井地震で石垣もろとも倒壊するなど、「残っている」といっても濃淡はあるが、城として現役だったころの部材を用いていまも建っているという点で、いずれも貴重である。
ところが、現在、全国の城には70棟前後の天守がある。大阪城天守閣(大阪市中央区)や郡上八幡城(岐阜県郡上八幡市)、伊賀上野城(三重県伊賀市)など戦前に建てられたものもあるが、多くは戦後の建築だ。
なかには史実と異なる部分が多いものや、史実と無関係のものもあるが、細心の配慮で史実に近づけられたものもある。だが、その区別はなかなかつかないだろうから、訪れる価値がある「復元天守」を7つ選んでお勧めしたい。