私はある局のニュース番組からこの件に関してインタビューを受け、撮影までおこなった。だが、直前でカットになった。ニュースは当日の進行具合によってカットになる内容もある。そう納得していたが、番組担当者が「上層部から『他局を叩くようなインタビューは流せない』と言われた」と打ち明けてくれた。また、ある生放送のトーク番組でこの問題を取り上げるので出演してほしいという依頼があった。これも直前に中止になった。説明は「上層部が時期尚早と判断した」とのことだった。

このような「横並び主義」にあるなかで、他局に先駆けて松本氏を起用しようとするテレビ局は皆無だろう。もし現場のクリエイターがそうしたいと考えても、必ず上層部が「待った」をかけるに違いない。そこには、倫理的な理由というよりも上記のようなテレビ局の構造的欠陥とも呼べる自制作用が働いているからだ。

映像を撮影するカメラマン
写真=iStock.com/varunyu suriyachan
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旧ジャニーズ事務所と異なる吉本興業と松本氏の「力関係」

そして3つ目の「事務所とタレントとの関係値」だが、これは旧ジャニーズ事務所との比較によって明確にその輪郭が見えてくる。性加害をおこなった当事者であるジャニー喜多川氏は、事務所の創業者だ。それに対して松本氏は、吉本への貢献度が高いとはいえ、事務所と契約している単なる所属タレントのひとりに過ぎない。

だが、いまの吉本には松本氏に歯向かうことができる者はいない。社長の岡本昭彦氏や副社長の藤原寛副氏はかつてダウンタウンのマネージャーであった。そのおかげで今の地位まで登りつめたと言われている。それが、「文春オンライン」が松本氏をめぐる報道を始めた当初に、事務所が松本氏を擁護するようなコメントを出した理由である。

だが、その後、年が明けた1月8日に吉本の対応は急変する。松本氏の芸能活動休止を急遽発表し、同月24日には「私的行為とはいえ、当社所属タレントらがかかわったとされる会合に参加された複数の女性が精神的苦痛を被っていたとされる旨の記事に接し、当社としては、真摯に対応すべき問題であると認識しております」というコメントをHPで発表した。また、「コンプライアンスアドバイザーの助言」や「外部弁護士」を交えた「聞き取り調査」によって「事実確認」をおこなうことを公言している。この激変ぶりはなぜか。

吉本興業(正式名称:吉本興業ホールディングス株式会社)の株主の多くは、民放テレビ局だ。2009年に吉本が上場廃止を決定した際に、在京・在阪の民放各局が株主になった。会社の所有者であるテレビ局の意向は絶対的であり、同時にテレビ局は吉本を監督する責任がある。

事務所の立ち位置が「松本氏寄り」からそうではない方向に向かったのは、スポンサーを気にするテレビ局からの物言いが入ったからだと私は推察している。「事務所」と「タレント」との関係値、つまり吉本と松本氏の間の「力関係」に変化が起こり、パワーバランスが崩れたのだ。この現象も、松本氏の復帰を困難にしている理由のひとつとなっている。