紅白が高視聴率だった「3つのS」

芸人たちの人生を賭けた真剣勝負。それがM-1の根幹であるのは間違いない。ただそれだけなら、似たような漫才コンテストはほかにもある。それなのに、なぜM-1だけがこれほどの突出した人気と地位を獲得できたのか?

開催時期が年末という1年の締め括りのタイミングということもあるだろう。そしてそれに加えてひとつ思い浮かぶのが、「スポーツ」という要素である。『M-1グランプリ』は、漫才という競技の大会を伝える“スポーツ中継”の一種と言える。

パフォーマンスを上げるためにネタ合わせという名の練習を何度も繰り返し、さらに従来にない漫才システムという新しい技を考え続ける芸人たちのストイックな姿がもはやアスリートのようだということもある。

だがそれだけではない。M-1という大会そのものが漫才をスポーツのように見せる仕掛けに満ちている。敗者復活のシステムもそうだろうし、出番がもたらす勝負の綾もそうだろう。さらに1本目と2本目のネタのチョイスによる明暗など、実力以外に運や戦略が物を言うところも多い。それもまたスポーツ的だ。

実は、スポーツ中継という要素はかつての『紅白』にもあった。番組の「3つのS」というコンセプトがあり、そのなかに「スポーツ(sports)」が入っていた(ちなみに残りの「S」は「セックス(sex)」と「スピード(speed)」。それぞれ男女対抗とスピーディな演出を指している)。

NHKホール
NHKホール(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

M-1グランプリと紅白の勢いの違い

昭和の『紅白』では、歌手たちの入場行進や選手宣誓があり、NHKのスポーツアナウンサーによる実況もあった。男女対抗による歌の真剣勝負をスポーツに見立てていたのである。

そう考えれば、スポーツ中継の要素を上手に取り込むことは、テレビ番組が人気を獲得するうえでの鉄則だとも言える。実際、テレビの視聴率全体が低下傾向にある現在も、サッカーワールドカップやWBCなどスポーツのビッグイベントの生中継は依然として高視聴率だ。

ただ『紅白』に関しては、回を重ねるにつれてスポーツ的な要素は薄れた。近年は、いちおう男女対抗形式ではあるが、勝負であることをほとんど強調しない。むろん選手宣誓やアナウンサーによる実況もない。

それに比べ、『M-1グランプリ』においては漫才の基本は昔から変わらず、世代を問わず誰でも楽しめる部分は多い。そのうえでの真剣勝負とそれを盛り上げる多彩な仕掛け。それが両番組の現在の勢いの差になっていると言えるかもしれない。

あまりに真剣勝負化が進むと、気軽に楽しむ娯楽という漫才のもう一方の良さが失われる可能性もある。だが、スポーツでよく言う「筋書きのないドラマ」のスリル感をいま最も味わわせてくれるテレビ番組が『M-1グランプリ』であるのは間違いない。

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