月34億円の歳入で潤う金一族

それでも金正恩氏にとって、派兵はうまみのある“ビジネス”だ。ロシアから支払われる対価は、ほとんどが金一族のポケットに入るとの観測がある。

ロシアは北朝鮮の兵士を最大10万人動員するため、多額の資金を投じている。前述のように、ロシアは北朝鮮兵士1人あたり月額約2000ドルを支払っているとされる。現在は1万1000人規模の体制とみられることから、北朝鮮に毎月約2200万ドル(約34億円)が流れ込む計算だ。

しかし、この報酬が兵士たち自身の手に渡ることはほとんどないと見られている。ランド研究所の北朝鮮専門家であるブルース・ベネット氏は、米ビジネス・インサイダーの取材に対し、「ロシアから入る資金は、直接的に党に入り、さらに金一族に流れているのではないか」と指摘する。亡命者の証言によれば、北朝鮮の労働者や兵士の平均月収は1ドル(約150円)未満だという。

北朝鮮のGDPが推定400億ドル(約6兆円)にとどまる中、金正恩氏は贅沢品の輸入を続けている。韓国の尹相現議員によると、2024年1月から8月までの間に、化粧品や時計、酒類など約5200万ドル(約80億円)相当の贅沢品を輸入したという。こうした贅沢品は、エリート層の忠誠心を確保するためのギフトとして使用されることもある。

カーネギー国際平和財団アジアプログラムのシニアフェロー、チョン・ミンリー氏は、金正恩氏とその側近らが高級な時計や衣服、バッグを身につけて公の場に現れており、こうした贅沢品は徐々に北朝鮮のエリート層にも行き渡りつつあると分析している。一方で、このような状況から、兵士自身の手に入るのは雀の涙ほどか、あるいはまったく無い状態だ。

ウラジーミル・プーチンが平壌に到着。金正恩と
6月、平壌を訪問したウラジーミル・プーチン。金正恩と共に。(写真=Kremlin.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

クルスク地方の半分失い、窮地のウクライナ

このように問題だらけの北朝鮮の派兵だが、ウクライナにとっては脅威となるおそれもある。

フィナンシャル・タイムズは、北朝鮮の軍事支援がすでに戦況に大きな影響を与えていると報じている。同紙によると、ウクライナ軍はクルスク地方で奪還した約1100平方キロメートルの領土のうち、ほぼ半分を失った。

現在、ウクライナ軍は残りの約600平方キロメートルを確保しているものの、その維持は極めて困難な状況だ。背景に、ロシア軍による大がかりな軍事圧力がある。ロシア側は約5万人の兵力を集結させており、そこには北朝鮮兵約1万人が含まれている。

さらに、戦況は他の地域でも厳しさを増しつつある。キエフを拠点とする戦況追跡グループ「ディープ・ステート」の分析では、ロシアは最近の数カ月で1200平方キロメートル以上の領土を占領し、10月だけでも約500平方キロメートルを支配下に置いた。

特に東部ドネツク地方では、戦略的に重要なポクロフスクの街とクラホヴェ周辺で、ウクライナ軍の防衛線が崩壊の危機に瀕している。人員と火力で優位に立つロシア軍に対し、ウクライナ軍は疲弊が目立つ。

英国国防参謀総長のトニー・ラダキン提督は、ロシアの被害は甚大であり、10月だけで1日あたり約1500人の死傷者が出ていると指摘したが、それでもロシア軍の進撃は止まっていない。窮地のウクライナ軍に、北朝鮮兵による追撃が懸念される。