金正恩の狙いは「金と技術」

金正恩氏は、自国の貴重な兵力をなぜウクライナ戦争に振り分けたのか。米コンサルのコリア・リスク・グループでディレクターを務めるアンドレイ・ランコフ氏は、BBCの取材に対し、「北朝鮮にとって(兵士の派遣は)金を稼ぐ良い方法だ」と指摘する。

韓国の情報機関によれば、北朝鮮は兵士1人当たり月額2000ドル(約31万円)を受け取っており、その大半は国庫に入るとされている。さらにランコフ氏は、北朝鮮がロシアの軍事技術にアクセスできる可能性も示唆した。通常であればロシアが移転を躊躇するような技術の入手も期待できるという。

一方でロシア側にとって、派兵要請の背景には、深刻な人的資源の不足がある。アメリカは2022年のウクライナ侵攻以降、60万人のロシア軍が死傷したと推算している。プーチン大統領は9月、開戦以来3度目となる軍の拡大令を発令した。

戦略国際問題研究所のマーク・キャンシアン氏は、BBCに対し、ロシアは志願兵に報奨金を提供したり、外国人に市民権を約束したりするなど、「国内の政治的影響を最小限に抑える」人員戦略を追求しているとの見方を示す。

米ハワイ州に立地するアジア太平洋安全保障研究センターのラミ・キム教授は、「ロシアは戦場で1000人以上の死傷者を出していると報告されており、(北朝鮮軍の派遣により)自国の損失を減らすことができれば、プーチン政権への圧力を軽減できる可能性がある」と分析している。

実際に、ロシアは北朝鮮からの軍事支援を着実に拡大している。英フィナンシャル・タイムズ紙によると、北朝鮮は2023年、ロシア軍に数百万発の砲弾を提供した。今年に入ってからは1万2000人以上の兵力を派遣するなど、関与の度合いを深めている。

カーネギー国際平和研究所のシニアフェローであるマイケル・コフマン氏は「弾薬や兵器を大量に送る段階から、この戦争に直接参加する段階へと進み、ロシア軍がクルスク地方を奪還するのを助ける可能性がある」と、関与のエスカレーションを指摘している。

戦場が暴く、金正恩の嘘

だが、北朝鮮にとってウクライナ派兵は諸刃の剣だ。貴重な外貨収入を見込める反面、金正恩政権の独裁体制に深刻なダメージを及ぼす危険性をはらむ。

国連制裁に詳しいグリフィス氏は、「北朝鮮兵士たちは、光を見ることができる状況に置かれ、(金正恩の)嘘を見抜くことになる」と指摘する。

金日成広場で金正恩とプーチンを歓迎する北朝鮮の人々
金日成広場で金正恩とプーチンを歓迎する北朝鮮の人々(写真=Kremlin.ru/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

国外へ解き放たれたウクライナの戦地では、ロシア兵らと行動を共にする機会が生じる。ロシア兵が所持する携帯電話やテレグラムなどのソーシャルメディア、あるいは北朝鮮よりもはるかに高品質なタバコなどささいな体験を通じ、「北朝鮮の兵士たちは、これまで自分たちが享受したことも、存在すら知らなかった新しい種類の自由を経験することになるだろう」とグリフィス氏は分析している。

こうした状況について、チャタムハウスの朝鮮基金フェローのエドワード・ホーエル氏は、脱走は金正恩氏の最悪の悪夢の一つだと警告する。実際、「エリートか非エリートかを問わず、多くの北朝鮮人が脱北を決意したのは、北朝鮮政権が描く外の世界像が、率直に言って嘘だと知ったことがきっかけだった」と説明している。フランス24の報道によれば、すでに18人の兵士が戦場から脱走したという。