競争と工夫を生む毎晩の日報メール

そんな「俺の」シリーズの快進撃を支える資料がある。

各店舗の閉店後、夜12時を過ぎると社長の坂本の携帯電話にはひっきりなしにメールが届く。各店舗から、その日の売り上げ、客数、回転率、客単価、主力商品の売り上げなどの詳細な数字のほか、従業員が感じた出来事などが送られてくる。

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日報メールと月次決算のイメージ

「全社員が共有している毎日の日報がうちの武器なんです。普通、店の損益は門外不出ですが、うちは誰でもすべての店舗の損益を見ることができる。競争相手でもある他店が何をしているか、どんな状況なのか、一目でわかる。だから支配人やシェフたちは競争に勝つための戦略を立てることもできるわけです」

各店舗それぞれにメニューや値段、サービスは違う。それを決めるのは、シェフや支配人だ。

「どの店にいっても、同じ味やサービス、メニュー、値段……。それがいままでのチェーン店でした。けれどうちは違う。シェフと支配人が店の運命を背負っているのです」

日報で共有する情報のなかでもとくに重視されているのが、1日の来店客を客席数で割った「回転率」だ。回転率を上げるために、各店には行列の絶えない店づくりが求められる。

以前、ある店の日報に、牛フィレ肉を使った人気メニューが1回転目での完売が続いている、と書かれていたことがあった。つまり2回転目以降のお客は食べられない。

では「俺の店」ではどうするか。この日報を見た別の店では、ホールスタッフの力を借りることで仕込み数を増やした。先の店では午後6時には完売するが、この店では午後6時以降でも食べられるようになった。日報により、「競争に勝つための戦略」が生まれた好例だといえる。

坂本がシェフたちに指示しているのは、たったのふたつ。「いい食材をどんどん用いてほしい」。そして「原材料費は気にせずに湯水のごとくジャブジャブ使ってほしい」。

「俺のフレンチ 銀座」能勢和秀シェフのスペシャリテ、牛フィレ肉とフォアグラのロッシーニ(1280円)。

飲食業界では売り上げに対して食材費の占める原価率を25%から30%に抑えるべきだといわれる。一方、「俺のイタリアン」の原価率は40%、「俺のフレンチ」では60%を超える。このため3000円台の客単価で高級食材を使ったメニューが食べられる。それでも赤字経営にならないのは、客席の回転率が高いからだ。コース料理の高級店では1晩に1~2回転が限界だが、立ち飲みの「俺の」では客席が4回転することもある。これは開店から閉店まで行列が続くからできることだ。行列をつくり出す腕利きのシェフたちを、坂本は「財産」と語る。

「人材紹介会社には、いくらかかってもいいから、腕のいい料理人を大勢連れてきてほしいと話しました」