苦痛から逃れる手段はある

耐えがたい痛みも、専門家が対応すれば多くのケースに改善が認められます。この調査結果をどうとらえるかは人それぞれです。対策をとればまず大丈夫と思うかもしれませんし、痛みを感じる割合が0ではないかぎり安心できないと感じる人もいるでしょう。

専門家でもやわらげることが難しい痛みが生じた場合でも対策はあります。「苦痛緩和のための鎮静」と言いますが、麻酔薬を使用して眠る状態をつくり、苦しみを感じなくする方法をとることです。それを行うかどうかは患者さんの希望しだいですが、少なくとも、「耐えがたい体の苦痛から逃れるなんらかの手段はある」ということはお伝えできます。

説明を聞くと、吉田さんは次のように言いました。「現実の姿や具体的な対処法を知って少し安心しました。これで大丈夫とはまだ思えませんが、苦しいときには体の苦痛をやわらげる医療を受けられるように考えます」

がん医療に限らず、最近は苦痛緩和という考え方がほかの疾患にも広まり、心疾患や脳血管障害などの治療においても積極的に苦しみをやわらげるための視点がもたれるようになりました。以前の医療は救命や延命に力点がおかれていましたが、いまは病気と向き合いながら豊かな日々を過ごすために生活の質を重視するようになったのです。

がんの苦痛をやわらげる医療現場の実情を知り、苦痛から逃れる手段があることをみなさんにも理解していただけたらと願います。

No more PAINの道路標識
写真=iStock.com/aydinynr
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安楽死の議論

肉体的な苦しみに対する不安と関連して、安楽死をめぐる議論にも少しふれたいと思います。

さまざまな疾患で苦痛緩和の技術が進歩しても、死にいたる過程における苦しみへの不安は完全に払拭ふっしょくされていません。

この不安に対して、より積極的に人間が苦痛をコントロールするために考え出した手段が安楽死や自殺幇助ほうじょです。医師が患者に致死薬を投与する行為が安楽死、医療従事者が処方した致死薬を患者が自ら摂取する行為が自殺幇助にあたります。

安楽死や自殺幇助は、オランダやスイスなど本人の意思を尊重する国で行われる傾向があります。スイスでは、安楽死が行われていない国から訪れた患者が自殺幇助を受けるケースも見られます。

一方で、「命の終わりを人間が決めるのは良くない」という道徳観が強い国では、安楽死や自殺幇助が禁止される傾向にあります。