がんの耐え難い痛みから逃れる方法はあるのか。がん専門の精神科医の清水研さんは「がんの終末期に肉体的な苦痛が続くことが多くあった時代とは、いまはだいぶ状況が違う。耐え難い痛みを改善させる手段はあり、体の苦痛から逃れることは可能だ」という――。

※本稿は、清水研『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

聴診器を持つ医師
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです

「死」にまつわる3つの不安

多くの人は自らが死ぬことを恐れ、不安を感じます。その理由は心理学において研究されており、大別すると3つに分類されます。

ひとつめは、死そのものではなく、「死にいたるまでの肉体的な苦しみに対する不安」です。

がんの場合なら、患者さんの多くは病気が進行したときの肉体的な苦痛を心配します。死にまつわる3つの不安のなかで、肉体的な苦しみに対する不安がもっとも多いということは、さまざまな研究で示されています。

[[1]Yang Hong, et. al. Death Anxiety among Advanced Cancer Patients: A Cross-sectional Survey, Supportive care in cancer, Apr;30(4):3531-3539.]

ふたつめは、「自分が死ぬことで生じる不都合への不安」です。

残される家族がどうなるかという心配、大切な人との別れによるさびしさや悲しさ、責任をもって取り組んでいる仕事が中途半端になることへの懸念……。内容は人それぞれですが、どれも死後について考えたときに起きる不安です。

そしてみっつめが、「自分が消滅することに対する不安」です。

人間の脳は、死(消滅)を予感させるものを認識したときに、強い恐怖を感じるようにできています。たとえば、つかまるものもない断崖絶壁に立ったら、私なら恐怖でその場にへたり込んでしまうでしょう。このような脳の認識能力は、危険を回避し、人類が生き残るために役立ってきたと考えられています。

一方で、人間の脳は学習能力により、すべての動物が死にいたることを理解しており、自分自身にも必ず死がやってくることもわかっています。強い恐怖の対象である死が、いずれ自分にも訪れるという現実認識が、大いなる葛藤をもたらすのです。

死にまつわる3つの不安 『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)p53

死にいたるまでの苦痛への対処

がん患者には死に対する不安が必ず生じるため、「死ぬのが怖いです」といった心境の吐露をする患者さんがいます。死に関する話題を避け、「そんなことを心配する段階ではないですよ」とはぐらかす医療者もいますが、あいまいにしておくほうが患者さんの不安が強くなります。私は患者さんから「死ぬのが怖いです」と言われたら、「○○さんは、死に関してどのようなことを恐れているのでしょうか?」と尋ねます。そうすると、前述した3つの不安のいずれかが出てくるので、そのことへの対話を心がけています。

3つの不安には対処法があります。最初は「死にいたるまでの肉体的な苦しみに対する不安」についてです。いま健康でも、将来病気になって苦しむのではないかという不安が、頭をよぎる人は多いでしょう。がん患者の吉田信二さん(仮名・58歳男性)とのやりとりをもとに、そのような心配に対する心構えについてお伝えします。

吉田さんは化学療法を定期的に受けながら、私の外来に通っています。ある日の診察時、「体調は安定して仕事や趣味の時間をもつことができ、元気に過ごしています」と穏やかな表情で話されました。しかし、その後少し表情がくもり、「死にいたるまでに痛みで苦しむのではないか? そう考えると眠れないぐらい不安になるときがあります」と話されました。