かつてはラーメン街道だった早稲田通り

高田馬場を東西に貫く目ぬき通りが早稲田通りだ。並行して走る新目白通りが、交通量の多い幹線道路だとすれば、早稲田通りは飲食店が軒を連ねる生活道路。

2000年代の当初、早稲田通りは“ラーメン街道”の異名をとった。人気店が競って出店し激戦区を形成。安くて、早くて、旨いの三拍子揃ったラーメンは、腹を空かせた学生の胃袋を掴んで離さなかった。

2000年代の当初、早稲田通りは“ラーメン街道”の異名をとった
写真=iStock.com/Artit_Wongpradu
2000年代の当初、早稲田通りは“ラーメン街道”の異名をとった(※写真はイメージです)

しかし、都心部の地価の上昇とともにブームは去り、ラーメン店は減少する。