「エリツィンの健康問題」どころではない状況に

【西村】それは夕方?

【佐藤】午後6時。時差6時間だから日本時間だと夜の12時。

【西村】それは記者は慌てるね。降版時間、つまり最終締切の1時間半前だ。もう日本に予定稿を送ってるでしょう? みんな。いまみたいにネット上で簡単に差し替えられるものでもない。

【佐藤】そう。延期ってなんだ、朝刊に間に合うのか、ってみんなざわついて。その中で北海道新聞の記者が「東京宣言の確認ができないんですか?」っていう質問をしてくれたんだよね。東京宣言の確認っていうのはこの共同声明のいわば肝で、そこが変更になったらそっちのほうが大ニュースになる。場は一気に大騒ぎになった。私は腹の中でしめしめと思いながら、「ですからっ! その点も含めて鋭意協議中なんです!」「皆さんのご期待にそえるように全力を尽くします。しかし、ともかく相手のあることですので」とごまかして。そして最後に「ちなみに、こうした事情で文章がまとまっていないので、晩餐会にエリツィンは出席しません。代わりにプリマコフ首相が出席します」とさらっと告げてブリーフィングを終えたんだけど、もうみんなそれどころじゃない(笑)。

報道陣からマイクを向けられるスーツを着た男性
写真=iStock.com/Picsfive
※写真はイメージです

偽装論点をつくって記者の目をそらす

【西村】新聞に大誤報が載ってしまうからね。

【佐藤】そして9時過ぎ、晩餐会が無事に終わったところでもう一度記者を集めて「東京宣言の確認が入りました。予定通りの文書になりました」と報告したら、拍手喝采してくれた。よく頑張ってくれたって。エリツィンの健康状態悪化の話は全く表に出なかったよ。

【西村】そんな巧妙な手を使ったのか! まあ、エリツィンの病状は世界の注目の的だったから、記者たちも真相を知ったら悔しがるでしょう。大統領が晩餐会を欠席せざるをえないほど交渉がもめていると誘導されれば、その3時間は気が気じゃなかっただろうね。

【佐藤】ある情報を隠すために偽装論点をつくるという手口は、インテリジェンスの世界ではよくやるね。秘密をガッチリ守ろうとするとむしろ目立ってアタックされやすい。だから偽装論点をつくって、目をそらす。

【西村】クリントンの大笑いも同じ発想だね。