外交文書を抜かれたときは困った

【佐藤】ちなみに、掴まれたくない情報を掴まれて、確実に報道されるとわかったら、こちらは必ずライバル社にも同じ情報を流すのもセオリーの一つです。

【西村】同着にするの?

【佐藤】同着よりも少し先に流す。

【西村】同着にさせるというのは政治報道でも事件報道でもよくやられる。情報を抜いた側としてはこれほど悔しいことはない。

【佐藤】そういった例は数えきれないほどあるよ。でも外交文書を抜かれたときは困ったな。国内ならどうとでもなるけど、外交文書の場合は相手の国の問題にもなってしまうから。ロシアと合意している文書をある新聞記者に抜かれてしまって、モスクワまで行ってかけあって、文書の名称と順番を入れ替えてなんとか事なきを得たこともある。

【西村】特ダネを取った記者としてはこれほどいやな話はないけれど。具体的に話せる? 取られた情報の潰し方について。

ロシア、モスクワ・クレムリンと聖ワシリイ大聖堂
写真=iStock.com/Vladislav Zolotov
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「おい、佐藤。これ結果誤報にできないか」

【佐藤】話せるよ。あれは、ロシアの原子力潜水艦クルスク号が沈んだときのことだ。私は鈴木宗男さんに同行してユジノサハリンスクにいた。ある朝、東郷(和彦)欧亜局長から電話があって、「次の日露首脳会談の極秘文書の日露メモランダムが新聞に載っている。出どころを探ってくれ」と言われたんだよね。鈴木宗男さんから出たんじゃないかと疑っている様子で。でも私はそんな文書は見た覚えがなかったから「私はそのメモランダムのことを全く知らされていませんよ。私の知らない文書が鈴木さんに抜けているんですか?」と尋ね返したら「それもそうだな。慎重に聞いてみてくれ」と。

で、一応、鈴木さんに確認したら、やっぱり知らないと言う。鈴木さんから「なんでそんなものが漏れているんだ。徹底的に調べろ」という話になった。その文書の内容を知っているのは、次官、外務審議官、欧亜局長、条約局長、ロシア課長、条約課長の6人だけ。「さて、誰だ」と鈴木さんは怒り心頭で、「野を越え、山を越え、草の根かき分けてでも探し出して来い」という厳命が下った。

【西村】情景が目に浮かぶよ。鈴木さんは怒ると怖いから。

【佐藤】結果として、まあロシア課長だろうという当たりはついた。本人は最後まで認めなかったけど、懇意にしていた記者にほだされて渡しちゃったんだろうな。しかしさて、犯人が見つかったところで、漏れた情報は戻らない。ではどうしようかと思っていたところで、川島(裕)次官に「おい、佐藤。これ結果誤報にできないか」と。

【西村】なるほど、結果誤報か。