一方の私はといえば、社長に就任してからというもの、常に秋山のように情報を集め、作戦を立てながら、東郷のように決断して血路を開かなければならなかった。参謀と元帥の役割を担っていたのだ。そしてこのやり方は、私自身の個性ともいえるが、より大きくはローソンという会社自体がそれを必要としていた。

東郷型のリーダーシップを支えるのは組織力と優秀な人材である。当時のローソンには残念ながらそれらが不足していた。私がトップダウン型の強烈なリーダーシップを発揮しなければならなかったのは、そのような事情にもよるのである。

しかし、ここ2、3年でローソンの組織力、人材力は急速に向上している。

「ローソン大学」などの人材教育が機能しはじめ、かつてならトップが手取り足取り指示を出さなければ動かなかった組織が、最近は自主性を持って積極的に動くように変わってきた。大ヒット商品「プレミアムロールケーキ」をつくり上げたスタッフも、そうして育った若手社員なのである。

つまり玉塚元帥には、すでにローソン社内に秋山真之がいるのである。そして国内市場において「秋山」の能力をさらに引き出すには、私のようなやり方ではなく、玉塚氏流の「おまえ、やってみろよ」というやり方のほうがふさわしいだろう。

もっとも、これから一気に権限委譲を進めるつもりはない。エンタテイメント・eコマース事業のグループCEOになる加茂正治常務執行役員についても同じことがいえるが、玉塚氏には3年ほど時間をかけて報告・連絡・相談を密にしながら、様子を見て徐々に徐々に権限を渡していく。急に権限を引き継いだ者が失敗したら、それは渡したほうが悪いと思うからである。

では、私自身の今後の役割はどうなるのか。

グループ全体をCEOとして統括するだけでなく、特に海外事業の収益化を目指して陣頭指揮に立つつもりだ。

海外市場の攻略は、長期戦となる。こうした中長期の取り組みはトップでなければ決断できない。そのため、私自身がアジア各地に足を運んでそれぞれの国の合弁相手などと直接交渉にあたる場面が増えるだろう。

アジア事業で大事なことは、現地のパートナーと密接な信頼関係をつくることだ。互いに深いところで尊敬し合って握手しながら、同時に言いたいことは言い合える関係が理想である。

1カ月単位で上海に滞在し、そこをベースに重慶など、中国の地方都市をじっくり見て回りたいと思う。すでにオペレーションが確立している上海については、現地幹部の報告を受ければいい。それよりも2等、3等都市といわれる中国の地方都市の実情を自分の足で歩き自分の目で見てきたい。たとえば生活習慣はどう違うのか、バブルの気配はあるか、働く人たちはどのような店を必要としているのか。そういうことを肌で感じながら、店舗づくりに生かしていきたいと思うのだ。

実は社員にも、アジア新興国での仕事を一度は経験してほしいと思っている。理想をいえば、全社員にそのチャンスを与えたいほどだ。現地に溶け込むことで、あの旺盛なエネルギーを吸収してほしいのだ。

実際、新興国勤務の人に話を聞くと、みな一様に「ここはおもしろい」と目を輝かせる。そうなれば勝ちだ。仕事に一生懸命励むようになるのである。

ローソン大学や研修などで繰り返し説いているのも、一生懸命にやれば失敗しても会社は受け止めるということだ。同じ失敗を繰り返さない限り、挑戦した結果がたとえ“敗北”であっても会社はその人を罰することはないと決めている。

社員に自主性が出てきたのは、その効果が上がっているからだ。多くの社員を新興国に送り出すことで、自由闊達な社風をさらに前向きなものにしていきたいと思っている。