店主に好印象を残すために押さえたい“暗黙のルール”
高山はテーブルの上の紙ナプキンを取ると、何やら図を描き出した。
「カウンターのある飲み屋では、店主がお客を3つくらいのゾーンにわけて、バランスよく会話を回している。少し待っていれば、そのうち店主がうまく会話に入れてくれるんだ。だから、一見客が別のゾーンの会話に勝手に割り込んだりするのは、あまりよろしくない」
「つまり、暗黙のルールがあるというわけですね。何か、飲みに行くハードルが上がったような……」
「まあ、全ての店がそういうわけじゃないだろう。ただ、こういう作法ができると、いい客として店主にも常連客にも初回からいい印象を与えられるはずだ」
「何か先が長いですね……」
「何でも1回で成果を得ようとするな。店主は自然な形で常連との輪をつないでくれる。『へえ、笹塚にお住まいなんですね。そう言えば(常連の)ヤマさんも笹塚ですよね?』といった具合にな」
「社内と同じように、地道なコミュニケーション、なんですね」
そうか。深い関係を築くには、お金と時間をかける必要があるんだ。
僕はお金を払えば何でもすぐ簡単に手に入る、と錯覚していたのかもしれない。
そんな自分がちょっと恥ずかしくなった。
地道な“置き土産”で笑ってもらえるか
飲み屋におけるコミュニケーションの秘訣は他にもあるようだ。
「晴れて常連としての地位を築くことができたら、次は店主やママに“面白い客”だと認知させることに挑戦してみるのもいいだろう。そうすれば、お店の“名物客”に昇格できて、さらに深い関係になれる。それこそ、店側から接待を援護してもらえるレベルの客になれるはずだ」
「具体的に何をすればいいんでしょうか?」
「お手軽なのは“置き土産”を残すことだ。例えば、会計でカードのサインをするときに、『ママへ』と書くとかな」
「それ、気づいてくれますかね?」
「その場でリアクションをもらえなくてもいいんだ。地道にネタを仕込み続けていけば、ママは気づいてくれる。いつかクスっと笑ってもらえたら、しめたもんだ」
「ここも、地道な作業が必要なんですね」
「その通り。小ネタを仕掛けた結果、ママが洒落のわかる人だったら、さらにでかいネタをブッ込めばいい」
「でかいネタですか?」
「俺がよく使うのは、名刺だ。名刺の裏にこう書いて渡すんだ。“この名刺の所有者は、私の大切な人です”って」
「それってもしかして……?」
「そう、ヤクザ漫画『白竜』だ」
「主人公の白竜が、恩を受けた相手に名刺を渡すくだりですね。名刺を受け取った相手は暴漢に命を狙われた際、その名刺を出すことで事なきを得る、という」
「よしよし、ちゃんと読んでいるみたいだな」
「でも、白竜はヤクザの幹部だから、効果があるんですよね? 高山さんじゃあ……」