なぜ海外はこれほどの賃金アップが可能なのか

海外では最低賃金の上昇率、水準の両方でわが国を上回る国が多い。その主な理由は、1990年代以降のわが国と、海外の経済成長率の差だろう。特に、米国の経済運営は重要だ。

1990年代、IT革命が起きた。アップルなど米国企業は業態を転換して、高付加価値型のソフトウェア設計と開発に集中した。新興国企業の製造技術面でのキャッチアップを活用し、アップルやエヌビディアなどは国際分業体制を整備した。自社で設計した半導体やデバイスなどの製造を台湾、韓国、中国などの企業に委託した。

米国ではIT先端分野を中心に、一人の従業員が一年間に生み出す付加価値は増えた。台湾、韓国、中国などは今、需要が旺盛なモノを迅速に製造する経済体制を整備し、経済成長につなげた。

一方、1990年代以降、バブル崩壊によってわが国の経済は長期の停滞に陥った。1997年には金融システム不安が発生した。その後、デフレ経済も深刻化した。企業経営者のリスク回避的な心理は強まり、先端分野への進出や国際分業への対応も遅れた。

スクランブル交差点
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賃上げできない企業は早々に見切りをつけられる

現在、わが国は持続的な賃金上昇を目指す重要な局面を迎えている。足許の世界経済を見ると、AI業界の成長は加速している。画像処理半導体(GPU)と広帯域幅メモリー(HBM)の処理能力の引き上げは欠かせない。製造に必要な部材や装置の分野で、わが国には世界的競争力を持つ企業が集積している。

サプライチェーン強化のため、台湾、韓国、米国、オランダなどの半導体関連企業が相次いで対日直接投資を発表した。省人化や海外からの来訪者の受け入れ態勢強化に、設備投資を積み増す国内企業も増えている。

そうした状況下、わが国企業も、高い賃金を提示してデジタル技術や事業戦略などに精通したプロ人材の獲得を重視する傾向が目立っている。2024年度の採用計画に占める中途採用の割合は過去最高の43.0%に達し、労働市場の流動性は高まり始めた。

資本金規模の大小を問わず、今後、わが国の企業にとって賃上げの重要性は高まるだろう。賃上げが難しい企業は人材の確保が難しくなり、状況次第では事業継続が難しくなるかもしれない。