相手の気持ちはわからない、だから聞く
何十年も人に合わせて生きてきて、わかったことがあります。
それは、どんなにがんばっても「想像で、人の気持ちを完璧に理解することはできない」ということです。
相手の気持ちを想像することはできても、実際は違っていることもしばしばですし、ちょっとした細かいニュアンスをくみ取ることは至難の業なのです。
そもそも、できないことをやろうとすることに無理があります。
だからこそ、相手の気持ちが知りたいのなら、正解を完璧に導き出そうとしてはいけません。
そうではなく、相手の本音が出やすいことを「聞く」。これがポイントです。
たった1回で「あなたって、本当はこんなこと思っているでしょう?」と、まるで占いのように当てに行くのは間違っています。
「会話をしているうちに、いつの間にか本音を話しちゃいました」という聞き方、コミュニケーションが理想です。
相手がついうっかり本音を話しちゃう聞き方のコツは、3つの「き」に注目することです。具体的に説明しましょう。
本音が出てくる聞き方3つの「き」
相手がうっかり本音を話してしまう聞き方、3つの「き」を紹介します。
聞き方①――期間
あることにかかった期間を聞くと、相手がどのくらい時間をかけたかがわかります。その時間がわかれば、背景にまでイメージを膨らませることができます。
例えばとても長い時間であれば、「そんなに長い時間を……」と、会話を続けることができます。逆の場合なら「そんなに短い時間で……」と、反応を返せます。
会話の例を、いくつかご紹介しましょう。
私が以前、職場でパワハラにあい、うつ状態だった頃のことです。
友達や同僚など、周りのいろいろな方に声をかけていただきました。みなさん、本当に親身になって相談にのってくれたことを思い出すと、何年も経った今でも感謝の気持ちでいっぱいになります。
【私】「何をやっても上司から批判されるばかりで、決裁もしてもらえない。申請書類の印を押してもらえないから、何も仕事ができないの。できないから仕事が遅れる、すると、『なぜやらない』のと怒られる。
別室に呼ばれて、あまりの辛さに泣いてしまったら、『そんな涙が通用すると思うな』と、また怒られて……」(A)
【同僚】「それはあまりにも酷いね。そのパワハラは、どのくらい続いたの?」(B 期間)
【私】「半年くらいかな……」
【同僚】「半年も! よくその状態を、半年も耐えてきたね。本当に辛かったね。よくがんばってきたね」
会話のセリフAを聞いて、とても辛い状況であることは想像できます。
これが1回だけなのか、何回も繰り返されていたのかで、辛さの度合いは変わってきます。次のセリフBで期間を聞きました。「半年」という答えから、毎日毎日、辛い状況がずっと続いていたことがわかります。
部下の承認欲求を満たすための声かけ
もしセリフBで期間を聞いていなかったら、セリフAの後に、「それは辛かったね」と伝えていたことでしょう。それで確かに、相手の辛さに寄り添えます。
しかし期間を聞くことで、それが半年も続き、積み重なった苦しみであることを深く理解できるのです。実際、そのときの私は相手の「半年も!」というたったひと言に、とても救われました。
「逆に期間が短い場合はどうするの?」と、疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれませんので、ひとつご紹介しましょう。
【上司】「ありがとう。これ、どのくらいの時間で作成したの?」(期間)
【部下】「時間ですか? 1時間くらいですかね……」
【上司】「この内容を1時間で⁉ どうやって短時間で仕上げたの?」
想定よりも時間が短い場合は、このようにほめることで、部下の承認欲求を満たすことができます。さらに質問をすれば、部下のコツや工夫を聞くことで、他のメンバーにも有益な業務効率化のヒントが共有できるかもしれません。
逆に、課題が見つかる場合もあります。
【上司】「ありがとう。これ、どのくらいの時間で作成したの?」(期間)
【部下】「時間ですか? 3時間くらいかかりました……」
【上司】「一番時間がかかったところや大変だったのは、どの部分?」
もし想定よりも時間が長い場合は、そこに改善のカギがあります。どこに時間がかかったのか? 何の理解が不足しているのか? その原因を質問することで、課題解決のヒントをつかんで、人材育成へつなげられます。
もしかしたら、「わからないことがあっても、質問しにくかった」という背景が見えてくるかもしれません。そこで「なぜ質問しにくかったのか?」を探ることで、職場の心理的安全性が低いという事実に気づく、という展開もあり得るのです。
このように、期間を聞くことで背景への理解が深まり、次にかけるべき言葉が導かれ、会話がより濃密になります。共感も自然に生まれてくることでしょう。