「原則を失った平和は屈辱でしかない」

「中国は平和的統一を堅持するが、統一は平和よりも尊い」
「平和的統一を堅持するために、台湾独立勢力による分裂と独立を容認するわけにはいかないのだ」

つまり台湾統一のために平和を犠牲にすることも必要だと、はっきりと言っています。そして、中国が定義する「平和」について最も率直に書かれた部分が「平和の区分」という考察です。

「平等、公正、正義の原則に基づいた平和もあれば、妥協、譲歩、屈服、売国、投降によって得られる平和もある。挑発者を前にして、闘争しなければ平和は生まれる。圧迫者を前にして、抗争しなければ平和は生まれる。侵略者を前にして、抵抗しなければ平和は生まれる。つまり、すべての平和が栄光あるものではないということだ。原則を失った平和は屈辱でしかないのだ」

最後の文章は、台湾が統一できていない現状での平和は、中国にとっては「屈辱でしかない」という意味でしょう。その意味では完全に独善的な“平和“の定義ですが、一方で、ここまではっきり言われると、どこかすっきりするような感覚も抱いてしまいます。劉大佐が述べるこの「平和の区分」は、率直に言えば国際政治のリアリズムを反映した正論でもあり、反論が難しいからです。

だから香港やチベットを抑圧している自覚もない

同時に、中国は日本が考えるような「平和」より優先すべき論理を抱えているのが分かります。日本にとって国家間戦争のない今の東アジアは「平和」ですが、中国にとって現状は「屈辱」であり、真の意味での「平和」ではないのです。

国際政治において戦争が起こる大きな原因は、現状のままで良いと考える勢力=「現状維持勢力」と、現状を変えたいと願う勢力=「現状変更勢力」の対決です。

「現状維持勢力」は、現在の世界の状態に満足し利益を得ている国々です。「現状変更勢力」は、逆に今の世界に満足せず、現状を変えることで利益が得られると考える国々です。大佐の文章を読むと、まさに中国が「現状変更勢力」であることが分かります。逆に、日本や台湾は「現状維持勢力」です。

豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)
豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)

こうした中国の論理に、日本のいわゆる「平和主義」がどれだけ対抗できるのか、疑問も湧きます。そもそも日本と中国で「平和」の定義が異なるからです。

一方で、この中国の論理、特に平和の「性質的区分」には、中国自身が侵略者、圧迫者となって台湾の人々に「屈辱的な平和」を押し付けるという視点は完全に欠けています。香港やチベットで自分たちが人々の自由を抑圧する圧迫者であるという視点も全くありません。

そうなると、この区分は、将来、中国の軍事侵攻を受けるかもしれない台湾の人々が「中国に屈服した平和」を選ぶのか、つまり「屈辱的な平和」を選ぶのかの区分にも見えてきます。2023年の総統選挙で台湾独立派の頼清徳新総統を誕生させた民意を見れば、台湾の答えは明らかに「ノー」でした。

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