発禁→解除→検閲を経た“習近平の軍師”の本
注目するのは、習近平主席の考え方のもとを作ったとも見られる軍人の本です。中国国防大学教授で人民解放軍の上級大佐でもある劉明福の書いた『中国「軍事強国」への夢』(峯村健司監訳、加藤嘉一訳、文春新書)を中心に読み解いていきます。
劉大佐は今から10年以上前の2010年に『中国の夢』という本を書いて中国でベストセラーになっています。中国はアメリカを追い越し、打ち勝って世界一の大国になるという内容でしたが、当時の胡錦濤政権が国外の反発を嫌ったのか、この本は発禁処分にされています。
しかし2012年、習近平政権が発足すると発禁は解除され、さらに習近平はこの「中国の夢」に重要な会議で繰り返し言及し、最も重要な政治スローガンに位置付けました。このため劉大佐は習近平の軍師の一人、戦略ブレーンなどと言われ、2020年にはさらに『新時代中国 強軍の夢』という本を出版しました。
ただ、“習近平の軍師”の本ですら共産党の検閲は逃れられなかったのか、新しい本でも台湾統一に関する内容は削除され、劉大佐は言いたいことが十分に言えなかったようです。
「自衛隊最大の仮想敵」の戦略が書かれている
そこで、朝日新聞記者だった峯村健司氏が大佐と交渉して草稿を入手し、その主張を『中国の夢』のいわば続編として日本語でまとめたのが『中国「軍事強国」への夢』という本です。この本には中国語版では記述がない台湾問題も含まれています。
もとは中国の国内向けに書かれたもので、習近平政権への忖度や配慮はある程度割り引くとしても、非常に端的で分かりやすい内容の本です。私個人として内容には全く賛同できませんが、正直に言うと、この本の論理展開は、中国の論理を明快かつ率直に説明していて、「見事」と思えるほどでした。
言論の自由がない中国では、当局の公式発表はどこまでが建前で、どこからが本音なのか推し量るのが難しい時があります。しかし、この本には率直な中国の本音と戦略が赤裸々に書いてあります。日本の自衛隊にとって最大の仮想敵は今や中国人民解放軍ですが、少なくとも現代中国の軍人がここまで率直に書いた日本語の書籍は他に例がなく、その“敵”を知る上でも非常に重要な本だと言えるでしょう。