日本の厚生労働省は無策すぎないか

同様のことがアイルランドでもありました(※3)。アイルランドでは、2010年にHPVワクチンの接種が開始されましたが、ワクチンに反対する団体がソーシャルメディアを駆使し、メディアや政治家に働きかけたのです。そのせいで当初は87%だった接種率が、2017年には54%にまで落ち込みました。しかしアイルランド政府が専門機関を設立したり、ソーシャルメディアを使って発信したり、医療従事者に教育を行ったりしたおかげで回復しました。現在はアイルランドでも男女ともに公費でHPVワクチンを接種することができ、2022年の接種率は79%です。

一方、日本では厚生労働省が及び腰だったことから、8年近く「HPVワクチンの積極的勧奨の差し控え」がありました。この間、他国のように各種学会、がん患者団体などと協力して接種率回復のためのキャンペーンを行うことも、ソーシャルメディアでの発信を行うこともありませんでした。

その結果、当初は70%だった接種率が1%以下と限りなくゼロになった後、現在でもHPVワクチンの実施率は40%です。実施率というのは接種率とは違う計算方法で、「小学校6年生から高校1年生の接種者÷中学1年生の女子人口」で算出されます。「5つの学年の女子のうち接種した人」を「1学年の女子人口」で割るのですから、実施率は接種率よりも高くなります。実際には、日本におけるHPVワクチン接種率は2022年には7%でデンマークやアイルランドの回復にはまったく及びませんし、そのうえ日本は男性のHPVワクチンは定期接種になっていません(※4)

※3 みんパピ!「HPVワクチン接種率向上のための他国における有効な取り組みは?
※4 WHO「HPV Dashboard

HPVワクチン
写真=iStock.com/Manjurul
※写真はイメージです

費用対効果を考えつつ国民を守るべき

さて、世界にはHPVワクチンの接種を公費で行っている国は138カ国あり、そのうち61カ国は男性も対象です。

ノルウェーにおいては、男女ともに十分に接種率が上がったため、2017年に敢えて2価ワクチンに変更しました。2022年のノルウェーのHPVワクチン接種率は、男女共に91%です。同国は2039年までに子宮頸がんをなくすことを目標としていますが、より高額な4価、9価のワクチンを広くやっても、目標達成が早まることがないからです(※5)。がん以外の疾患も防げる4価、9価のワクチンを受けたいのであれば、希望者が自費で行うように、という考えなのでしょう。

HPVワクチンはとても高価ですが、中国は2021年、インドは2022年に自国産のHPVワクチンを開発しました。これらはずっと低価格なので、周囲の国々もこのワクチンを輸入すれば、国民を子宮頸がんから守ることができます。このようにさまざまな国が、国民を子宮頸がんから守るために、費用対効果を考えながら戦略を練っているのです。

※5 NIPH「Cervical cancer almost eradicated in Norway by the year 2039