「係長」が「総理大臣の娘」を狙い、門前払い
【杉本】だから三等重役であっても重役になるには、三位までいかなきゃ。
【永井】閣僚の尻尾が参議ですからね。しかし、これが難関でなかなか入れない。やはりいちばん強運なのは道隆でスイスイ上っていく。そこで、道長は源雅信という左大臣の娘に狙いをつけるんですよ。
ところが雅信は、「ダメ、ダメ。あんな嘴の黄色い若造は、三位にもなっていないじゃないか」。左大臣といえば総理大臣ですからね。中曽根首相の娘婿に通産省の係長では、まずいわけよ。(笑)
【杉本】だけど、倫子のお母さんの穆子、彼女は目があるわよ。
【永井】そう、人を見る眼があるわね。
【杉本】若き日の、まだ係長時代の道長に注目した眼力は、たいしたものよ。
【永井】でも、そういうふうに女の人が娘の結婚のイニシアチブをとるのは、古代からの日本のあり方ね。『万葉集』の歌を見ても、男が女のところを訪ねると、おふくろさんが目を光らせている。それで、「おまえの母に怒られて、俺はすごすご帰っていく」なんて言っている。雷オヤジはいないのよ。もっとも当時は通い婚だからお父さんは不在かもしれない。でも、とにかく母権は強い。
【杉本】いまさら女権の拡張をうんぬんするけど、歴史は母方の力で支えられもし、動かされてもきてますよ。
子供の養育は母親とその実家の役割だった
【永井】それでいよいよ婿に迎えるでしょう。すると、この穆子は、下の妹に迎えた道綱――道綱というのは、母は『蜻蛉日記』の著者で、道長の腹違いの兄ですけど――と2人に、毎年ちゃんと衣服を一そろえプレゼントするの。これがかなりのものですよ。今度、佐倉の歴史民俗博物館でつくったら、1千万円以上かかったって。
【杉本】穆子は、道綱が頼光の娘の婿に鞍替えしたあとも、きちっとプレゼントしつづけたじゃない。女の意地かな。
【永井】道綱を迎えた穆子の娘は子供を産んで早く死んじゃうのね。道綱は母親が死んで可哀相だといってその子を可愛がるかと思いきや、倫子や穆子に子を預けてスイスイと頼光の娘のところへ行っちゃう。
【杉本】汚い言い方をすれば、男は種つけ馬にすぎないのよ。子供を養育するのは母親である女と、その里方の役割。