平安貴族の政治的術策は現代でも通用する
【杉本】とたんに防衛費の追加予算が国会で認められたりして。(笑)ともかくそういうふうに、偶発と人為をたくみにないまぜて、政局を思うほうに持っていく能力……。
【永井】それは個人の能力でなくて、今でいう政党と同じよ。主流派と反主流派、それに野党。
【杉本】一人じゃなかなかできることじゃない。その意味で、藤原氏という一族はキラ星の如く能力者を輩出した氏族だったと思う。
【永井】そう、初めの不比等からそうよ。
【杉本】鎌足もそうだけど、特に不比等あたりから顕著になってゆくわね。四兄弟が疫病でポシャっても、仲麻呂だ百川だ種継だ薬子だと、次々に凄腕が出てくるでしょう。
私は、だから日本人は、もっと藤原氏に注目すべきだと思うのよ。何かというとすぐ、織田、豊臣、徳川とくるけど、藤原氏が400年にわたって駆使してきた能力は、戦国武将の天下取りみたいな単純なものじゃないわ。
【永井】現代は、武力に訴えたり、独裁的にやれる時代じゃない。
【杉本】それなのに、「信長に会社経営の指針を学ぼう」だものね。
【永井】現代には信長や家康は通用しない。それにまた、信長などに対して誤解がありすぎるわね。彼はむしろ天才じゃなくて努力の人よ。
【杉本】社会背景も精神基盤もまったく違う。むしろ平安朝の高級官吏らが弄した政治的駆け引きだの術策のほうが、はるかに現代の政治悪や政界の在り方と共通するものを持っている。
平凡な道長はなかなか出世できなかった
【永井】今度、道長を書いて(『この世をば』)みてわかったんだけど、彼の生涯は決していつもスムーズにいっているわけではない。いろいろ苦労があるし……。
【杉本】危機もあったわよ。
【永井】そう。むしろ平凡な人間なの。凡人が偶然にも権力の座につくめぐりあわせになって、かえって四苦八苦……。
【杉本】三男坊に生まれたことはかえって良かったと思うな。
【永井】当時は長男でないと出世しませんからね。三男というけど、五男なのよ。次男の道綱と四男の道義というのは腹ちがいで能力も人並み以下だったらしい。道長もなかなか従三位になれないで、20歳過ぎまでうろちょろしてるの。
【杉本】三位にまで昇らなければ、どうしようもないものね。三位になり公卿とならなきゃ、閣僚としての実力を発揮できないものね。
【永井】四位と三位というのは、今で言うと、普通の社員と取締役ぐらいの違いがある。