30万円分のキットカット

たった一度だけ、ザ・リッツ・カールトン東京に宿泊したアラブからの客がいる。日本に滞在中にチョコレート菓子のキットカットがお気に入りになった彼は、その後も半年に一度くらいずつメールを送ってきては、新商品が出ていないかを問い合わせてくるのだ。そのたびに住吉さんは彼の代わりに30万円分ほどの大量のキットカットを購入し、アラブへの配送手続きをする。キットカットは日本国内のみの販売商品のため、アラブからは直接注文ができないのだ。

従業員が常時携帯するクレド(企業理念)には、「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」と記されている。揺るぎない誇りを胸に職務に就く。

ザ・リッツ・カールトン東京が他のホテルと異なる部分、それは「サービス」に対する哲学が非常に明確であり、それが一従業員に至るまで徹底している点だ。

サービスは人がいなければ成立しない。宿泊客1人1人が「またここに戻ってきたい」と思うか思わないかは、従業員1人1人の肩にかかっているのだ。

その代わり、入社する人材の選別は徹底している。ホテルの顔となるドアマンやレセプションはいうに及ばず、ハウスキーピングのスタッフに至るまで、リッツ・カールトンへの入社候補者はすべて総支配人が直接面接をしている。

これまで何千人という数の従業員の面接をこなしてきたノッカート総支配人は、人選の一番の基準を、その人の「生まれ持った資質」であると話す。

「経歴や経験は後から付いてきます。けれども生まれ持った資質というのは後から変えることはできません。『パッション』、人を喜ばせたいという『ホスピタリティ』、そして、絶対に物事を成し遂げるという『強い意志』。この3つさえあれば、経験の不足などいくらでも補えます」