リッツ・カールトンでは、新規にホテルを開業する場合、世界中のグループホテルの総支配人たちが新人を教育するために集結する。2週間にわたってすべての工程を止め、リッツ・カールトンの哲学を叩き込む。ノッカート氏の持つ、従業員への全幅の信頼はここから生まれるのだ。

書店に平積みされている数多くの「リッツ本」が証言しているのは、リッツでしか経験できないサプライズの数々だ。いまや宿泊客の多くがそれを体験してみたいと訪れる呼び水となっている。最近はインターネットで情報を得てくる客も多い。チェックイン前から否応なく高まる期待値は、従業員にとっても高いハードルを生み出している。

ゲストレコグニションを務める足立麻衣子さんは、VIPのエスコートから始まりゲストが好む部屋の設えや、特別な日のイベントのプランニングまでのあらゆることを行う、自称「ホテルの何でも屋」だ。

「『こういうことができるって聞いたんですけど、僕もできますか』という問い合わせはしょっちゅうですが、なかには『サプライズありますか』とか、『ワオ(WOW)させてください』というお電話もあります(笑)。

リッツ・カールトンではお客様に感動していただくことを『ワオする』と表現しているんですけど、みなさんそれをご承知なんですね」

週末ともなれば10件から15件ほどが、何らかの記念日のために滞在する一般客となる。特別な日のために「奮発してリッツ・カールトンを」と望む人々は、このホテルならではのサービスを超えたサプライズを心待ちにしている。

「以前からプロポーズはリッツ・カールトンで」と決めてくる男性客は多い。「金はいくらかかってもいい」と、入念なプロポーズ作戦を練り込んでくる人もいれば、なかには、「お金は一切かけないで」という人もいる。いずれにせよ共通するのは「リッツ・カールトンなら、何か特別な感動を起こしてくれるはずだ」という期待感だ。

「私たちに求められているのは、サプライズのお手伝いです。お部屋を何十個もの風船で埋め尽くしたこともあれば、薔薇の花びらを200本分ひたすら手でもぎ続けたこともあります。予算が限られる場合は折り紙でいろいろ工作したり。控室は大変なことになっていますが、感動を生みだすつもりが、反対にこちらが感動して泣いてしまっていることもあって、飽きることがありません」