海外では「担当外」の仕事はしない
さらに、日本の労働者は業務範囲が明確ではなく、“マルチプレイヤー”であることが求められる。英語圏では“Out of Scope”という言葉がよく使われる。これは「作業範囲外」を意味するが、海外ではサービス業に従事する人でも、作業範囲外の仕事は「これは自分の仕事ではない」と断ることが通常に行われている。
日本においては、顧客から依頼されたスタッフはできる限りそれに応えようとするし、自分ができない場合も別の担当者に引き継いでくれたりもする。
そうした環境が当然のものとなる中で、顧客側も「ここまでやってもらうのが当然」と考えるようになってしまったようだ。
しかし、現在では上記の1~3はいずれも成立しなくなっている。長期的雇用は崩れており、企業に対する帰属意識、忠誠心を植え付けることは難しくなっている。また、接客業を支える若年層の労働人口は減少を続けている。そうした中で、外国人労働者に頼らざるを得ないが、彼らに日本の雇用慣行を強いることはできない。
企業側としても、顧客の厳しい要求(一部は不当な要求)に答えることは、もはや困難な状況になっている。
SNSがカスハラ対応を難しくさせた
上記の1~3に加えて、最近は「企業側の“炎上”リスク」という新たな問題が加わっている。
「クレーマー」という言葉が広く使われるようになったのは、1999年に起きた「東芝ユーザーサポート事件」と言われている。
この事件の簡単な経緯は次の通りである。同社の商品を購入した顧客が、商品の欠陥を訴えた際に、同社の渉外担当とのやり取りを録音し、インターネット上にアップ。渉外担当者が暴言と取れる発言を繰り返ししていたことで、メディアにも取り上げられて批判され、東芝の副社長が謝罪するに至った。
この事件から25年が経ち、スマートフォンが普及して映像や音声の記録が取りやすくなった。さらに、SNSや動画共有サイトが普及し、個人の情報共有、情報拡散が容易となった。
インターネットが普及するまでは、カスハラの大半は当事者間で解決すべき問題だった。現在は、企業側の対応が正当なものであれ、不当なものであれ、ネット上でその行動が拡散され、企業イメージに影響を与える時代となっている。SNSの普及が企業のカスハラ対応をより難しくさせたと言えるだろう。
海外でも顧客対応の不備がSNS上で炎上することは頻繁に起きている。しかしながら、顧客が高いレベルのサービスを期待していない国では、日本と同レベルでの炎上は起きづらい。また、企業と顧客が対等な関係であれば、企業側は顧客のSNSの投稿に泣き寝入りすることなく、反論することもできるし、消費者も一方的に顧客側の肩を持つこともない。