75歳の店主がたどり着いたセルフスタイル

「おう、若大将。よく来たな!」

座敷であぐらを組んで迎えてくれたのは、3代目店主、野沢武さんだ。29歳で店を継ぎ、75歳になった今もここでも働き、ここで暮らしている。

店舗外観
筆者撮影
ツタに絡まれた野沢屋の店舗。

満面の笑みの店主は、厨房に立つ時間より畳に座る時間が多い。おそるおそる敷居をまたぐ客になまりの強い言葉を投げかける。

「いらっしゃい! どっから来たん? どんな悪いことしてるんだい?」

入店した人は、ギョッとした後、笑みをこぼす。席に座ると会話がスタート。10分ほど言葉を交わし、うなぎを捕まえるところから「食事」が始まる。店主からザルを受け取り、玄関前のいけすへ向かう。外に置いてある川網を使い、いけすで泳ぐうなぎを追いかけて捕獲。そのザルを店主に渡すと、切り身になった生のうなぎが皿に盛られ、自席に運ばれてくる。

「時間は無制限!」

一般のうなぎ店では聞く機会のない言葉とともに、「焼き体験」が始まる。客が自ら生のうなぎをタレにくぐらせ、七輪の網に横たえる。タイミングを見計らってうなぎを口へ運ぶ。ひと通り体験したテーブルからは「すべってつかみにくい……」「思ったよりすぐに焼ける!」などの感想が上がっていた。

「オモウマい店」に取り上げられ、全国区に

野沢屋本店は1914年に武さんの祖父・政治さんが創業した町にできた初めてのうなぎ店だ。もともとは伝統的なうな重を提供していた。しかし、約20年前、後述する武さんの考え方からお店のあり方をガラッと変更し、自分でうなぎを焼くセルフスタイルの店にした。

2021年にはドキュメンタリー番組「オモウマい店」(中京テレビ製作、日本テレビ系列)で取り上げられたことをきっかけに、その名前は全国へと広がる。これまで同番組で6回にわたって取り上げられており、いまでは「うなぎと個性の強い店主」を目当てに北海道や九州、海外からもファンが訪れる。客層もさまざま。高校生から高齢者まで幅広い。

ツタに絡まれた店先
筆者撮影
店先には「うな重 税込み 3000円」の張り紙があった。

年季の入った建物、75歳の店主、堂々とした立ち振る舞い――。筆者は武さんに「幼い頃から地元で一心不乱に腕を磨き続けた職人」というイメージがぴったりだと思った。しかし、その予想は最初のひと言で覆った。

「俺はな、ぼんぼんのお坊ちゃんだったんだよ」