全国から客がやって来る異色のウナギ店

そのお店は遺跡のような風格があった。壁はしわしわのツタに覆われ、窓のフレームは錆びついている。ただし、柱に歪みはない。3階建の建物は真っ直ぐ地面に根を張っていた。

入り口のまわりは雑然としている。窓ガラスは取り外され、その前に、プラスチックのいけす、柄のついた網、「うな重 税込み 3000円」の看板。色落ちした木の板も置かれている。

ここは、群馬県太田市にあるうなぎ店「野沢屋本店」。浅草から特急で90分ほど下った東武伊勢崎線の太田駅、そこから徒歩3分の場所で大正3年(1914年)から営業を続ける老舗だ。

店主の野沢武さん
筆者撮影
店主の野沢武さん。

とある日の正午ごろ、スーツを着た若い男性の2人組が店の前で立ち止まっていた。話を聞いてみると「うなぎを食べたくて東京から来ました」という。別の日には、車いすに乗った40代の女性が夫と並んでいた。2時間車を走らせてきたとのことだ。理由は「どうしても店主に会ってみたくて」。

野沢屋本店が人を惹きつけるのには理由がある。それは、営業スタイルが独特だから。迫力のある店主との会話を楽しみながら、焼肉のようにうなぎを自分で焼く――。これが客の心を捉え、いまでは全国にファンを抱える店になった。

客がウナギを焼くセルフスタイル
筆者撮影
焼肉店のように、客がウナギを焼くセルフスタイルだ。