病院にアートギャラリー、書店を設置する理由

【竹山】また、病床数は個室数とも関係しますよね。

【武中】現在、とりだい病院の個室率は13.4パーセント。個室の需要が高く、新病院では30パーセント以上にしたい。ただ、その数もこの地域の人口増減等によって変化があるでしょう。色々と注文が多いですよね(苦笑)。

建築家の竹山聖さん
撮影=中村治
建築家の竹山聖さん

【竹山】こうした会話こそ、ぼくたち建築家がクライアント(顧客)と日常に行なっていることなんです。クライアントが色々な思いで要望を出してくださる。面白いことに、その要望通りに作ると、こんなはずじゃなかったとなるんです。

人はなかなか思っていることを正確に伝えられない。あるいは言葉にしないものを本当は求めている。そこでキャッチボールをしながら方向性を定めていく。住宅の場合はオーナーの個性が出ますから、絶対に同じものにならない。病院もその地域の特性、人々の思いによって違ったものになるはずなんです。

武中先生のおっしゃるようにフレームを生かしながら、未来のこの街に応じて対応することは可能です。逆にこれからはそうしなければならない。

【武中】国立大学では1つの建物をなるべく長く使うという方向になっています。個室率も含めて、我々は新病院で“もう1つ先”を考えなければならない。

【竹山】学校、病院はこれまではどんどん増やさなければならなかった。これからは質、そしてむやみに建て替えずに長く、フレキシブルに使えるかということが重要になってくる。

【竹山】機能的な部分は50年ぐらいで建て替えの必要があると言いましたが、そうではない部分もあります。例えば、この病院では回廊を使ったアートギャラリー、カニジルブックストアという書店など文化的な活動を行なっておられる。

これは患者さんに限らず地域の方々が利用できるパブリックゾーンですよね。パブリックゾーンの部分はもっと長持ちするはずです。

本当にいいホテルにある空間の種類

【武中】そもそもパブリックゾーンとは集合住宅等で居住者たちが共有するスペースのことですよね。

【竹山】ぼくは建築の肝の1つは広義のパブリックゾーンだと考えています。例えばホテル。こうした宿泊施設でお金を稼ぐのは客室です。いい客室が沢山あればあるほど利益を上げることができる。

ただ、本当にいいホテルは、宿泊客以外で利用できる記憶に残る空間、パブリックゾーンがあるんです。

【武中】記憶に残る空間、ですか?

鳥取大学医学部附属病院の武中篤病院長
撮影=中村治
鳥取大学医学部附属病院の武中篤病院長

【竹山】ぼくは35年ほど前、箱根の強羅花壇という旅館を設計しました。そのときにオーナーに提案したのは、記憶に残るような、ホテルの顔となる象徴的なパブリックゾーンをつくる、ということです。山登りで気持ちがいいのは谷を登ってたどり着いた尾根筋です。

だからその尾根筋の一番いいところに120メートルの大列柱廊をつくりました。客室は下ってゆく斜面に沿って段々に配置。ただこの客室は列柱廊から見えない。見えないと人間は想像力を働かせる。期待感を抱かせるわけですね。

このパブリックゾーンから箱根大文字の雄大な景色を楽しんでいただく。またここに帰ってきたいと感じていただきたいと思ったんです。

【武中】強羅花壇を紹介するとき必ず取りあげられる両側がガラス戸、瓦の廊下という有名な回廊ですね。

【竹山】この前行ったのですが、サンフランシスコのパレスホテルには素晴らしいアトリウム(ガラスやアクリル板などの明かりを通す素材で屋根を覆った大規模空間)がありますよね。

そこで宿泊客以外もお茶を飲むことができる。とりだい病院には、患者さんがゆっくりできたり、面会の方とお話を楽しむことができるいいパブリックゾーンがすでにあります。

新病院ではそれをさらに進める。病院と中海に面した庭をつなげて、患者さん以外でも入れるようにする。芝生を張ったりウッドデッキを設置する程度ならば、そんなにお金は掛からない(笑)。