「自分を愛しているかい?」
それは、西洋でも事情は同じだったかもしれません。
私は、ミュージカルが好きでよく観に行きます。映画にもなった『屋根の上のヴァイオリン弾き』(原題: Fiddler on the Roof)は好きな演目の一つで、日本とロンドンで何度も観ています。その中で、中年の主人公が妻にむりやり、「愛している(I love you.)」と言わせるシーンがあります。
描かれるのは、ウクライナ農村のユダヤ人一家で、主人公の中年男性が妻に向かっていきなり、「自分を愛しているかい?(Do you love me?)」と問いかけます。妻は、とまどい、「愛しているなんて考えたこともない」と答えます。
このミュージカル自体が、19世紀末のウクライナ社会で、結婚形態が「お見合い結婚」から「恋愛結婚」へと推移していくプロセスを描いています。
その中で、「love(※英語のミュージカルなので)」という言葉でお互いの関係を把握し行動しようとしている子ども世代と、生活に手一杯で「愛」なんて考えたことがない親世代のギャップが展開され、それがこのミュージカルの一つのテーマになっています(ユダヤ人差別もテーマの一つですが)。
「愛してる」なんて言ったことがない…
つまり、欧米社会でも、「I love you.」と口に出すのが恥ずかしかった時代があった、ということです。
このミュージカルが初演されたのは1964年のニューヨークにおいてですが、戦前に東ヨーロッパの農村からアメリカに来た移民夫婦の中には、「愛してる」などと言ったことがない人たちがたくさんいた。一方でアメリカで育った移民の子どもは、結婚すれば「愛している」と毎日言う社会に生きている――それが、このミュージカルの背景であり、大ヒットした一因かもしれません。
柳父さんが述べているように、日本では、小説や評論、歌謡曲やポップスの歌詞に、愛が頻出します。しかし、実際に日常的に「愛している」と口に出している人がどれだけいるでしょうか。
次回は、その問いの答えから始めましょう。2023年2月に私が行なった調査結果を基に、私たちが「愛情をどのように表現しているか」について、その実態を明らかにしていきたいと思います。