同じ壁に見えた9年前とは「全く違うもの」

――1995年にアメリカを久々に訪れたとき、そんな迷いの最中にいた、と。

「はい。あの年のツアーはフランスからアメリカ、一度フランスに戻ってから北欧、ドイツ、イタリア、そしてフランスに戻るというものでした。その間、クライミングという好きなことをやっているけれど、何かが自分の中で違う、という限界のようなものを感じていたんです。ところが9年ぶりにアメリカを訪れ、かつて10代のときにオンサイトで成功した『スフィンクスクラック』というルートを見たときのことでした。これまでの経験がフィルターになって、同じ壁に全く違うものが見えるようになっていることに気づいたんです」

――その「違い」とはどのようなものだったのですか。

「岩を登るためには、ルートを深く理解する必要があります。自分の経験の中から登り方を探るわけです。この「経験」というのは、単にクライミングだけに限らない。自分がこれまでどのように生きてきたか、いまの自分の生活や思い、考え方、その全てが一つの動きに変わっていく、と僕は思っています。

雪解けのような感覚をもたらしてくれた

その意味でアメリカを再訪したとき、以前は感じ取れなかった様々な岩壁の主張が見えた、というのかな。17歳の時にアメリカに半年間いたときに感じたことと、25歳のいまの自分が同じものを見て感じていることに、大きな違いがあったんです。ヨーロッパに長くいる中で、自分の中で磨き上げられたものを通して物事を見るようになっていたから、ということだと思います。

僕はあのとき、その感覚がとても嬉しくて、心地よかった。こういう感覚を自分は求めているんだな、と感じたんです。17歳の時には全く想像もつかなかった自分に25歳の自分がなっている。それは僕に雪解けのような感覚をもたらしてくれた」

アメリカでその「感覚」を胸に抱いたまま、平山は3カ月間のツアーを終えてフランスに戻った。「サラテ」に出会ったのは、ちょうどそのときのことだった。

ある日、キヨスクで買った雑誌に、サラテの記事が載っていた。当時、1000メートル規模の壁を素手で登るルートは、世界に2つしかなかった。

その岩壁をオンサイトによって登る――。ふとそう考えると、彼はその考えに瞬く間に夢中になった。