体力を追い込むほど、本番での発想が広がる
――実際のトレーニングはどれくらいハードなのでしょうか。
「僕の場合は、時間や量の目標は設けず、『その日のできるところまでやる』というやり方でした。これ以上は登れない、というところまでトレーニングをすると、最後は易しい難易度のものも登れなくなっていくんです。
そうなると、握力だけではなく、身体全体が思考から何もかも衰えるような状態になりますね。疲労が極限まで達することで、手も動かなければ発想も縮んでくる。室内であれば必ずそうした状態になるまで、ジムの閉店の合図があるまで登り続けていました。
逆に言えば、身体の疲労と思考力は相関関係にあるわけだから、体力的なものを追い込めば追い込むほど、本番での発想が広がるはずなんです。すごい体力を持っていることで、思考の持続や正しさが維持できる。そう考えて自分をぎりぎりまで追い込む毎日でした」
過酷なトレーニングを続ける中で見えてきたもの
トレーニングでヨセミテに滞在しているとき、平山はヨセミテ国立公園のすぐ近くにある友人宅への帰り道に、いつもエルキャプメドーという草原にレンタカーを止めた。そこからは自身がオンサイトでトライするサラテの岩壁が、2キロメートルほど先に見えたからだ。
エルキャプメドーから見るサラテは、絵ハガキの写真のように美しく、じっと見つめていると遠近感が狂い、巨大な岩の塊が目の前にあるような感じがした。
車から降りた平山は「トポ」というルート図を広げ、それと照らし合わせながら双眼鏡で壁を見た。
最初はそうして双眼鏡から眺めたとしても、サラテは「ただのでかい壁」にしか見えなかった。しかし、実際に過酷なトレーニングを続け、挑戦の日が近づいてくると、これまで見えなかったものが、その目には映るようになってきていた。