「最後の五輪」のつもりで挑戦し日本人1位でフィニッシュしたもの、代表選考の設定タイムより41秒遅かった……。その悔し涙を見て、SNSでは選手を先導するペースメーカーへの批判が相次いだ。スポーツライターの酒井政人さんは「議論している人の中にはペースメーカーに関する“誤解”もあった。厳しい言い方だが、今回記録に届かなかったのは、選手の実力不足とペーサー任せのレース展開が原因だ」という――。
ランナーたちの足元
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東京マラソンで勃発した“ペースメーカー問題“のお門違い

今年の東京マラソンは日本人トップに輝いた選手に“涙”があった。その最大の理由は狙ったタイムを出せなかったことにある。

パリ五輪代表の最終トライアルになっていた男子。「最後の五輪挑戦」と心に決めて挑んだ西山雄介(トヨタ自動車)は快走を見せ自己ベストの2時間06分31秒(日本歴代9位)をマークしたが、ターゲットに届かなかった。MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間05分50秒)にわずか41秒及ばず、パリ五輪代表を逃したのだ。

西山は“不運”が重なった。19km過ぎに他の選手と接触して転倒した。レース後、本人は影響はなかったと話したが、ダメージはゼロではない。さらに、レースを引っ張る役割のペースメーカーもスムーズに誘導することができなかった。

女子も「日本記録」の更新を目指した新谷仁美(積水化学)がイメージしていた通りにレースは進まなかった。

大会終了後には、マラソンファンがSNS上などで「タイムが遅すぎるよ」「日本人選手の快走が台なしだ」などと「ペースメーカー(以下、ペーサー)問題」で大きな議論になった。ペースが遅く、うまく選手を導くことができなかった、と。では、そもそもペースメーカーとは何なのか。また、選手はどういう行動をとるべきだったのか。

議論の中には誤解も含まれており、本稿でその部分を中心に解説していきたい。

日本人選手はペースメーカーに翻弄されたのか

東京マラソン2024は男女ともペーサーが2パターンずつ用意されていた。男子はファーストが国内最高ペースとなるキロ2分52秒、セカンドが日本新ペースとなるキロ2分57秒で引っ張る予定だった。

なお東京マラソンは10kmまでが下り基調のコースで、残りはほぼフラット。前半で少し“貯金”を作っておきたいのが選手心理になる。

先頭集団は序盤でうまく高速ペースに乗って、中間点を世界新記録ペースの1時間00分20秒で通過。ベンソン・キプルト(ケニア)が国内最高記録(2時間02分40秒)を塗り替える2時間02分16秒(大会新&世界歴代5位)で優勝した。

一方、日本人トップ集団は10kmが29分45秒、中間点を1時間02分55秒で通過。予定よりも少し遅い入りになった。

前年の大会で2時間05分51秒をマークした山下一貴(三菱重工)と比べて、10kmで20秒、中間点(ハーフ)で43秒遅れていた。西山雄介(トヨタ自動車)も「前半は遅く感じました。ハーフは1時間02分00~30秒で行ってほしかった」と話している。

確かにペーサーに問題はあった。前半遅かっただけでなく、なんと給水時に立ち止まって、自分のボトルを探すシーンも。幸い大きなトラブルにはならなかったものの、集団に乱れが生じた。後続ランナーである日本人選手は少なからず心理的なエネルギーを削ったことだろう。

女子はセカンドのペーサーが日本新記録ペースとなるキロ3分16秒で引っ張る予定だった。しかし、中間点の通過は1時間09分52秒。単純に2倍すると、日本記録(2時間18分59秒)より45秒ほど遅くなる。

新谷仁美(積水化学)は「リズムよく走りたかったので、あまりタイムを意識していませんでした。けっこう楽だなと思っていましたが、設定ペースより遅いことに気づいていなかったんです」と振り返る。

横田真人コーチから「遅い」という言葉が届くと、新谷はようやくペースアップした。しかし、急激にペースを上げたことで、「25kmまでに(脚を)使い果たしてしまった」と終盤は苦しくなる。最終的には2時間21分50秒の6位に終わった。

西山、新谷とも目指した記録・結果に届かなかったことをペーサーのせいにすることはなかった。しかし、予定通りのペースで進んでいれば、ふたりのフィニッシュンタイムは変わっていただろう。