ペースメーカーの存在理由と、そのミッション
そもそもペーサーはなぜ存在するのか。その理由は非常にシンプルで、「好タイムを狙う」ためだ。
マラソンだけでなく、トラックの中長距離種目でタイムを狙うときは、「ペーサー」の存在が欠かせない。レース後半まで一定ペースで誘導することで、好記録の期待値を上げることができる。また空気抵抗は速さに比例するため、「風除け」となり、後続の選手は物理的に楽に走ることができるのだ。そのため世界記録の大半はペーサーが引っ張ったレースで誕生している。
マラソンでいうと、好タイムが出ることで世界中のニュースとなり、レースの“価値”が高まっていく。翌年以降の注目度が高まり、スポンサー料や放映権料が高騰する可能性があるのだ。
そのため現在は多くのレースでペーサーが採用されている(※一方でオリンピックと世界選手権にペーサーは存在しない。またボストン、ニューヨークシティもペースメーカーを置かない大会として知られている)。
実は「ペーサー」の定義は必ずしも一定ではない。たとえば、高橋尚子、渋井陽子、野口みずきが日本記録(当時)を打ち立てたベルリンは、男子ランナーがゴール直前まで女子選手を誘導している。
2022年の大阪国際女子もコロナ禍で外国人ランナーを招集するのが難しかったこともあり、女子レースでありながら、男子がペーサーを務めた。さらに残り1kmまで選手をサポート。その結果、「終盤まで前に選手がいたので、苦しいときに支えてもらいました」という松田瑞生(ダイハツ)が大会新&日本歴代5位(いずれも当時)の2時間20分52秒で“独走V”を果たしている。
では、東京マラソンはどうなのか。男女ともペーサーは「20~30kmまで」という契約になっており、最長でも30kmで離脱する。なお、ペーサーは役割を果たした距離で報酬(数十万円ほど)が支払われるかたちだ。
そして忘れてはならないのが、ペーサーは大会主催者が用意した存在であるということだ。彼らの「ペース設定」はレース前日のテクニカルミーティングで有力選手(の代理人やコーチ)と相談して、方向性を固めていく。あとは当日のコンディション(気象状況)を見て、レースディレクターが決定する。
東京マラソンの場合、レースディレクターが男子のトップ集団とバイクで並走。レースの流れを見ながら、ペーサーにメガホンで「グッド」「ペースアップ」「ペースダウン」という指示を出している。
一方で、日本人集団の(セカンドの)ペーサーに、レースディレクターは指示を出すことができない。そのため、基本は事前に決まったペース設定でペーサーは走ることになる(ただ、外国人ペーサーの場合、日本人ほど「緻密」ではない印象だ)。
また東京マラソンは競技規則に抵触する「助力」にあたるという考えから、自前の“ペースメーカー”を認めていない。また大会側が用意したペーサーが選手に「給水(ボトルなど)」を手渡すことも禁止している。大会終了後のSNSでの議論ではこのあたりを知らないまま行われていたように思える。
新谷は昨年1月のヒューストンで日本歴代2位(当時)の2時間19分24秒をマークしているが、そのときは練習パートナーである男性コーチが終盤まで引っ張っている。しかし、東京では同じような戦略は許されていなかった。
いかにペーサーとうまく付き合うのか。そこがタイムを狙うポイントだったといえるだろう。
国内外で100戦以上のマラソンを経験しているプロランナーの川内優輝もYahoo!ニュース エキスパートとして、以下のコメントを投稿している。