集落を大混乱に陥れた大学生の暴挙

山熊田では、熊肉は、山の神様が授けてくれる最高のごちそうだと受け止めています。同時に、熊は山の神に捧げる供物でもある。

当然、巻狩りは危険をともないます。マタギたちは雪渓を駆け下りたり、崖をよじ登ったりしながら熊を追う。女人禁制には、過酷で危険な現場から、家や子どもを守る女性を遠ざける意味合いがある。

大滝ジュンコ『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』(山と渓谷社)
大滝ジュンコ『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』(山と渓谷社)

また現場に女性がいるといいところを見せようとして冷静な判断ができなくなるという要因もあったのでしょう。だから山熊田では、昔から男性は熊狩り、女性は機織りという役割が与えられていた。

にもかかわらず、その男子学生は、ほかの集落の猟師や女子学生と他地域の山のハイキングコースを歩いてくるとウソをついて山熊田の山に入り、その猟師たちは熊を捕ってしまった。

山熊田のマタギや年寄り、女衆は激怒しました。話をややこしくしたのは、ほかの集落の猟師が連れていったこと。高齢化と人口減少で、ずいぶん前から山熊田のマタギだけでは巻狩りができずに、ほかの集落の猟師に助っ人を頼んでいたんです。

恩がある彼らには強く言えない。掟を破ったという事実だけが残り、いままで助け合っていたマタギたちの調和が崩れてしまった。

「令和の時代に何を言っているんですか?」

村の根幹を揺るがす一大事だったにもかかわらず、男子学生は「令和の時代に何を言っているんですか?」という態度で深刻に受け止めていなかった。

山での暮らしを人と人が支え合う。山熊田の伝統を紐解いていくと、そうした切実さをともなっているのが分かります。何度も通っているのに、彼には、それを理解してもらえなかった。

――それこそ集落の文化や習慣に対する敬意を欠いた行為ですね。

山熊田のマタギは保守派を超えた超保守派なんです。だから令和のいまも、伝統が続いている。集落の内部で、時代が変わったから伝統を改めていこうと話し合いが行われた結果なら、住民は納得できなくても仕方ないと割り切れるでしょう。

でも、外からきた人が、唐突に村の掟を破ってしまった。あれから数年が経ちますが、いまだにわだかまりが残っています。