この先5年を待たずして、我々の職場に生成AIが入ってくる。そのために、仕事や組織の有り様が大きく変わる――。これはもはや疑いようがない事実です。生成AIを使って下準備をしてから仕事に取り掛かる時代が必ずやって来ます。「自分の職場にはまだ来ないだろう」というあなたの安心感は錯覚にすぎません。
そう感じている人は、ITの普及によって自分のポジションが揺るがされなかったという自信があるのでしょう。しかし、それはITとAIの違いを正しく理解していません。ITは仕事ができる人の能力を上げました。それに対して、AIは普通の人の能力を押し上げます。ITを使いこなすにはある程度のスキルが必要ですが、AIは対話形式で使うのが簡単です。つまり全体の平均点を上げるのです。
ITが所得格差を広げたのに対して、AIには貧富の格差をなくす効果が期待されます。裏を返せば、みんなが平均的になっていく中で自分の価値を上げるにはどうすればいいか、ということに悩む未来が予想できるのです。
生成AIの導入によって、すでに問題が生じているのはゲーム業界です。新しいキャラクターをつくる際、かつてはデザイナーがイラストを描いていましたが、いまは文章で生成AIに指示します。そこで出てきたプランの中から方向性が決まれば、さらに文章で指示を加えます。デザイナーやクリエイターの仕事は、AIのオペレーションになりつつあり、キャラクターをデザインする仕事が減っています。中国のゲーム会社では、デザイナーの給料水準が下がっているそうです。
AIによって凡庸な上司が台頭する
これは決して対岸の火事ではなく、日本のホワイトカラーの職場でも同じ現象が始まっています。生成AIが得意とするのは、「調べること」「整理すること」「模倣すること」です。すなわち、現在のビジネスパーソンの大半が従事している業務内容で、生成AIがホワイトカラーの仕事の3割を奪うと言われる理由です。
現在は、CopilotやGoogleのGeminiといった世界全般に通用するAIが一般的ですが、これから先は専門的なAIが普及していくでしょう。方向性は2つあり、ひとつは特定の業界に特化したAI。もうひとつは特定の会社の中だけで使えるAIです。後者はイントラネットの中身を学習していきます。そして報告書を書いたり提案をしたりする際、社内の独自のフォーマットに合わせたパワーポイントがたちまち完成させるのです。
実はこのことが、一般のビジネスパーソンにとって最大の脅威になります。これまでのITやDXでは、デジタルネイティブの若手社員が中高年を追い越していく現実がありました。しかしAIは誰にでも使いこなせ、あらゆる人たちの能力を底上げして平均化します。若い部下よりもITを苦手としていた凡庸な上司のほうが、成長スピードが速いかもしれないのです。
またこれまでは、能力のある人が昇進して上司になるのが当たり前でした。しかし2020年代後半、社内に大量に登場し、私たちの未来を奪うラスボスとなるのは、生成AIをパワードスーツとして身につけた「AIクソ上司」です。パワードスーツとはマーベル映画のスーパーヒーローが着用する強化服のこと。そのアイテムによって常人の能力も強化されるのです。
その理由を説明しましょう。社内の情報にアクセスする権限は、ポジションによって異なります。本部長のアクセス権限が一番強く、次が部長で次が課長というのが普通です。ということは上のポジションにいるほど、より広い範囲から学習したAIの知識を活用できるようになります。創業者が練り上げたノウハウも、実力ある先達が編み出した戦略も、ごく凡庸な上司が武器として使えるようになるわけです。
その上司の中でも最初のアドバンテージを身につけるのに、仕事の能力は関係ありません。周りにいる同輩が新しい技術に尻込みする中で、先にAIに着手した者が力をつけていきます。X(旧・ツイッター)を当初から始めてインフルエンサーになった人たちはたくさんいますが、いまから後を追いかけるのは困難です。同じような先行優位性はAIにもあって、学習を重ねてあっという間に仕事ができるようになる上司が、導入初期には必ず現れます。こうして凡庸だった上司が、仕事への自信を強めていきます。