ヘッドコーチの意外な言葉に唖然とする選手たち

そのまま寮に行き、スタッフにすぐさま「俺、やり方変えるわ」と告げた。夜、選手を集めた。試合で出来が悪かった選手たちは怒られることを覚悟したように肩を落としている。

「俺、いろいろ考えたんだけどさ。そもそもさ、みんな、どうなりたい? どんなチームになりたいんだっけ?」

はあ? 全員、ぽっかり口が開いていた。驚きのあまり目を白黒させる選手を落ち着かせた後、「こういうチームにしていきたい」と話し合った。その日が指導スタイル転換の起点となった。

初めは怖かった。

「勝てなくなったらどうしよう」と時に縮み上がった。勝てなくなれば、選手たちはまたHCが元に戻ってしまうんじゃないかと恐怖を抱くのではないか。怒鳴った後に襲われる嫌悪感が恐怖に変容しただけに思われた。しかし、選手もHCもさまざまな不安を腹に収めた。練習場の体育館に、怒りや険悪な空気が消えた代わりに「このやり方で勝つのだ」という緊張感が生まれていた。

コート内でガッツポーズをする恩塚HC
写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会
試合中にガッツポーズをする恩塚HC

無事4連覇した後、「恩塚さんが変わろうとしている姿を見て、私達も頑張ろうと思った」と選手に言われた。時を同じくしてコロナ禍に突入。大学も、2017年から兼任していた日本代表アシスタントコーチの活動も、停止になった。東京五輪は延期となり、ぽっかり空いた時間に本を読みあさった。2年間で800冊。脳科学、心理学、社会、歴史などのあらゆるジャンルの書物から知識を吸い上げた。

「過去の指導は非効率過ぎた」と痛感

例えば「人は不機嫌になったり、不安になると、視覚野が50%下がる。人は見ようとするものしか見えない。できると思っている人は『できる理由』が入ってくるが、できないと思っている人は『できない理由』を探す」ことや、作業や課題を回避するために起こす心理的行動「クリエイティブアボイダンス(創造的回避)」の構造などさまざまなことを学んだ。

「いろんなことを知れば知るほど、自分の過去の指導は非効率すぎたと実感しました。勝てとか頑張れっていうのを押し付けていたとしたら、そこには何の裏付けもなかったなと。自分の感覚や経験的な事で勝負しようとするのであれば、それはもうギャンブルでしかない」

スポーツもビジネスも、成果を出すためにどうしたらいいのか? という部分は通底している。恩塚ジャパンは「勝つためには主体的なエネルギーが必要だ」と選手に提示し、そこを丁寧に育ててきた。

取材に応じる恩塚亨HC
撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。「勝つためには主体的なエネルギーが必要だ」と語る

その導きを、恩塚HCは「スクリプト」(台本)という言葉で表現する。自分たちの戦い方はこうだという台本はHCが書いて選手に渡すが「演じるのは君達だから。崩していいよ」と伝える。アドリブはOK。台本はあくまでもチームコンセプトに沿った目的達成の手段として選んでいい。

「それは、脚本をギチギチに細かく書き込まないからできることです。シチュエーションとコンセプトだけ。(台本の)余白を選手に埋めてもらうみたいな感じで動いてもらう。そうすれば主体性が活きる」

しかしながら、勝利のプレッシャーにつぶされて新しいやり方を試さなければ、永遠にギャンブルが続く恐れもある。成功のエビデンス(根拠)がないのだから。