現役オリンピアンの声が選手に響いた

金メダルを手中にしたオリンピアンの肉声は、次こそ金と意気込むバスケットボール女子日本代表の面々に響いたようだった。みな「聞いて良かった」と好意的だった。2021年からキャプテンを務める林咲希も「チームとしてすごく助けになった」と言ってくれた。

「試合に出ている側の人間が、出ていない人に『代表チームとは』という話をしたり、ヘッドコーチがメンタルやマインドセットについて何度も話すと、押しつけになりかねませんから」

試合中、選手たちに拍手を送る恩塚HC
写真提供=公益財団法人日本バスケットボール協会
試合中に選手たちに拍手を送る恩塚HC

結果的にチームのためになる良いセッションだった。スポーツも企業も、チームは生き物だ。リーダーひとりがアプローチするのではなく、他者の手を借りる。あらゆる人的資源を学びにした。

審判への過剰な抗議で反則を取られたことも

試合の勝ち負け、日々の練習の出来不出来。結果に左右されるアスリートは、まるで振り子のように揺れる。そのなかで、気持ちを強く保てない時もある。そんな選手を目の前にしたとき、かつての恩塚HCは怒鳴っていた。俺も頑張ってるんだから、おまえたちも頑張れ。勝ちたいのに頑張らないのか?――そう考えていた。

実は、筆者は自著『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』を上梓する際、当時東京医療保健大学を率いる監督を2018、19年と取材した。不適切指導の問題を長年取材してきた私が「今度練習を観に行かせて」と頼むと「僕は怖いですよ。僕の指導を見たら、島沢さんは怒るかもしれない」と言われた。

全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)4連覇を目指していた2020年9月。関東大学リーグ日体大戦で、審判からピッと笛を吹かれた。相手選手のダブルドリブルを取らなかったため「そんなに(ボールを)持たれたら(自分の選手は)守れないっしょ!」とつい言ってしまった。テクニカルファールをとられた。ベンチにいるコーチも選手同様、審判に対して抗議や暴言、挑発行為をとると反則になる。

取材に応じる恩塚亨HC
撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。3連覇した際に「勝っても選手も俺も幸せじゃないのでは?」と悩んでいたという

帰りの車の中でおよそ2時間。ハンドルを握りながら熱くなった自分を振り返った。実は3連覇した際「勝っても選手も俺も幸せじゃないのでは?」と疑問を持った。優勝記念の写真に写っていた選手たちは誰も笑っていなかった。選手は頑張れば伸びるし、うまくいけば勝てる。しかし、モグラ叩きのごとく、ずっと言い続けなければならない。そこに限界を感じていた。

「モグラは叩いても、叩いても、上がってくる。それをやり続けるのは効率が悪い。こういうことに俺は一生、時間を使っていくのか? このままでいいのか? いや、ダメだ」

モグラ叩きに人生を費やすことを、自分のなかで100%否定できた。