果物や野菜は同時期にどんどん甘くなっていった

砂糖が嫌われる一方で、「甘さ」は形を変えて生き残ってきた。

私たちが「甘くておいしい」というとき、食材の褒め言葉として使うことが多い。肉の脂を「甘い」といったりもするが、ここでは本来の甘味に絞って、果物や野菜の話を取りあげよう。

新たな甘味料が広まり、「甘さ控えめ」が注目を集め始めた1980年代は、じつは果物や野菜が甘くなっていった転換期でもあった。

先述した1982年(昭和57)の読売新聞の連載「ニッポン新味覚地図」では、酸っぱいりんごの代表である「紅玉」に代わって「スターキング」や「ふじ」などの甘い品種が全盛時代を迎えていることや、「新水」や「幸水」など糖度の高いナシに嗜好が移り変わるなかでさっぱりした甘さの「二十世紀ナシ」が飴に活用されていることをレポートしている。

また注目は、10月3日朝刊の同連載「新種合戦 “甘味路線”で競う」という記事だ。キャベツ、ハクサイ、トマト、ダイコン、カボチャなど、さまざまな野菜をめぐって「甘さを追って新品種開発合戦は激化の一途」をたどり、「産業スパイ並みの情報戦」が繰り広げられているとなかなか物騒な話を伝えている。

青臭いトマトのイメージを変えた「桃太郎」

なかでも甘くなった野菜の代表例といえば、トマトだろう。

トマトは酸っぱくて青臭い。そんなイメージを変えるきっかけになったのは、1985年(昭和60)に誕生した甘いトマトの先駆け「桃太郎」だ。1989年には「フルーツ感覚で食べられる」というふれこみの「ミディトマト」も登場した。

澁川祐子『味なニッポン戦後史』(インターナショナル新書)
澁川祐子『味なニッポン戦後史』(インターナショナル新書)

ときを前後して、糖度計で測った果物の糖度を表示する果物専門店やスーパーも現れた。1990年代になると「糖度表示」は珍しくなくなり、消費者にとっておいしさをわかりやすく示す一つの指標として定着した。

甘さを求める傾向は今も続く。日本経済新聞2022年(令和4)9月10日電子版では「極甘フルーツ成長中、若手農家も参入意欲 野菜も甘く」との見出しで、甘さを追求した農産物を紹介している。登場するのはブドウ、マンゴー、パイナップル、イチゴ、スイカなどの果物から、トマト、キャベツ、カボチャといった野菜まで。ありとあらゆる果物や野菜が、酸味や苦味、渋みを取り除かれ、甘さを競い合っているのが現状だ。

カロリーを直接想起させる砂糖や炭水化物は排除されがちな反面、体にいいとされる果物や野菜には甘さを追求してやまない。それは、もはや強迫観念に近い健康志向の現代にあって、罪悪感なしに「甘い=うまい」を享受したいという、身勝手な欲望の発露なのかもしれない。

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