黒いスーツ、黒い帽子、真っ黒なサングラス
〈ニコラス〉の店頭には、巨大な看板がかかっている。大きな団子っ鼻のシェフが山積みのピザを抱えている絵だ。「横に暴力団のマークを入れるべきだ」常連がそんな冗談をいった。
東京のゴロツキ集団を、ザペッティほど間近に見たアメリカ人はおそらくいない。
折しも東映映画が、戦前と現代の暗黒街を舞台にしたロング・シリーズで、ヤクザを礼賛しはじめていた。筋骨隆々の体に念入りに入れ墨をほどこし、カラフルな着物をまとって、長い日本刀を手にした、見るからにヒロイックな人物が主人公だ。シドニー・ポラックの一九七四年の映画『ザ・ヤクザ』も、このイメージを採用している。
しかし、〈ニコラス〉に毎晩出没した連中は、ヤクザ映画とは似ても似つかない容貌をしていた。まず服装が違う。どちらかというと、一九六四年に大ヒットした映画『殺人者たち』のリー・マーヴィンに近い。黒いスーツに、黒い帽子、真っ黒なサングラスをかけて、髪は角刈り、肩から掛けたホルスターには、38口径をしのばせている。
覆面捜査も不可能な東京のヤクザの日常
いずれもぞっとするほど不健康だ。朝から晩まで、安酒とフィルターなしのタバコと興奮剤にひたっているせいで、体はガリガリだし、顔色はやけに青白い。糖尿病を患っている者も多く、虫歯や痔の治療の話題が“日常会話”。ヤクザたちの大半は遅かれ早かれ刑務所のやっかいになるが、服役中、虫歯と痔は治療の対象外なのだ。
ヤクザのふりをして覆面捜査官が潜入しても、簡単に見破られてしまう。私服警官は一様に血色がよく、千六百メートルを四分足らずで走れそうな元気者ばかり。暗黒街では、私服警官を「桜田組」と呼んでいる。すぐに握手をしたがるのも、見破られる原因だ。本物のヤクザなら、ただ頷いて、暗い目でじっと相手をにらみつける。
当時のヤクザは、たしかに不健康ではあったが、勇気だけは並外れていた。
東京のヤクザには、小指の先がない者が少なくなかった。ヤクザの風習にしたがって、なにかの罪滅ぼしに指をつめるからだ。