自信を植えつけた「勝ちパターン」の体験
現在、東京本社・量販統括部のプロデューサーとして量販チェーンの営業マンのサポート役を務める。金田がアサヒビールに転職して10年が経つ。
大学卒業後、大手菓子メーカーに入社した。スーパーやコンビニの営業を担当。ある日、営業先のスーパーで自社だけでなく他社の商品を含めた売り場全体のレイアウトを依頼された。店の売り上げを左右する大仕事だった。
「先輩の受け売りや経験に頼った提案では、お客さまにレイアウトの根拠を問われても説明できなかったんです」
「スキル不足」を痛感した。このままじゃいかんな……。仕事の流れはわかってきた。会社の居心地はいい。不満はなかった。でも、本当にこれでいいのか。もうすぐ30歳になる。社外でも通用する武器を持つべきではないか。
きっかけは、まさに足下に落ちていた。妻が通う専門学校の教科書が家の床に転がっていた。中小企業診断士試験用のテキスト。試験では経営やマーケティング全般の実務的な知識が問われる。これだ、と思った。
00年秋、試験勉強に取りかかった。同じころ、金田は偶然、アサヒビールの中途採用募集を知った。
スーパーの買物客が最後にカゴに入れる「ついで買い」をするのが菓子類だという。酒類のような「目的買い」の商品で勝負したい。そう考えていた金田は転職を決意する。
配属先は広島だった。金田はいう。
「土地鑑のない町で一から仕事をはじめた。そんななかで試験勉強を続けるのは、厳しかった。正直、諦めようと思った瞬間もありました」
しかも2度の不合格を経験した。心が折れそうになるたび「自分は何のために採用されたのか」と問いかけた。
当時、酒類の規制緩和が続いていた。金田が転職したのは、酒類の販売ルートが大幅に拡大された時期である。前職で量販チェーンでの営業実績を持つ金田に大きな期待が寄せられていた。
「語弊があるかもしれませんが、傭兵のような気持ちでした。結果を残さないと必要とされなくなるのではないか。不安だからこそ『スキル不足』という問題に向き合うしかないと思いました」
もっとも苦労したのは、時間の確保だったと金田は振り返る。試験合格には700時間から1000時間の勉強が必要とされる。朝晩の通勤。昼休み。早めに帰宅した夜……。活用したのは「すき間」の時間だ。毎日、スケジュール帳を見返しては「すき間」を捻出して勉強した時間を書き込んでいった。
3年もの時間をかけて取得した資格は、金田に何をもたらしたのか。答えのひとつが、「ネットワークの広がり」である。08年に発足した「アサヒビールグループ診断士の会」の立ち上げメンバーに金田も名を連ねた。20数名の会員全員がアサヒビールグループの中小企業診断士だ。
「『診断士の会』のメンバーと話をしていると違う職制の人から思いもしない発想を聞くことができる。企画やマーケティング、グループ会社……。職制を超えたつき合いは刺激的で、新しい視点で物事を考えられるようになった。大勢のブレーンを抱えているような感じです。しかも同世代が多い。時間が経ってそれぞれがプロジェクトを引っ張っていく立場になれば、この繋がりはもっと活きてくると思います」
中小企業診断士に合格後、金田に趣味ができた。フルマラソンである。資格を取らなければ、はじめなかったかもしれないと感じている。
「大きかったのは、『勝ちパターン』を体験できたことなんです」
学生時代に遡っても何かをやり遂げた経験はほとんどなかった。いま金田は資格の勉強に共通する魅力を感じて、走っている。目標を立て、ひとつのことをやり遂げる。レースの日から逆算して計画を組む。タスクを出して必要な練習を課す。直前の体調管理も重要だ。タイムは着実に伸びている。今年の目標は、42.195キロを4時間以内で走りきる「サブフォー」。一般のランナーの大きな目標のひとつだ。
「『走った距離は裏切らない』。野口みずきさんの言葉ですが、勉強もそうだと感じました。やっただけ結果はついてくる。そして何よりも達成した瞬間の充実感がなんともいえない」
中小企業診断士合格。フルマラソン完走……。「勝ちパターン」の体験が金田に植えつけたのは自信だった。
「これからの課題は英語なんです」と金田は苦笑いした。(文中敬称略)
(※すべて雑誌掲載当時)